×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




 直哉の父、禪院直毘人には扇以外にももう一人歳の離れた弟がいるらしい。その弟は禪院家二十五代目当主が老いてから若い妾に産ませた子供で、なんと兄である直毘人より直哉とのほうが年が近いのだという。
 たまに名指しで仕事が振られたとき以外離れから出てこない引きこもり。術式はあれど身体が弱いせいで長時間の戦闘には耐えられず、子を成すこともできない欠陥品。
 直哉がそんな叔父に興味を持ったのは陰で笑われ噂され疎まれている叔父以上に忌み嫌われる呪力ゼロの落ちこぼれをその目で見たことがきっかけだった。
 呪力がないというのは間違いないのだろうがアレを落ちこぼれと評するのは、直哉からすればそこそこ笑えるが大して面白くもない冗談だとしか思えなかった圧倒的強者。いまの禪院家があの強さを理解できない、認められない無能の集まりであるならば同じように噂され貶められている叔父、禪院亮介もまたそういう存在なのではないか。そう考えた直哉は興味のままに叔父の住まう離れへと駆けていった。
 その結果は、正直残念なものだった。
 長く戦えないというだけで別に弱いわけではないのだろう。少なくとも人を従わせ、望み通り環境を整えられる程度の実力はあるはずだ。そうでなければいかに術式を継いでいる男とはいえ、この禪院においてのんびりと茶を啜ってなどいられるはずがない。
 実力はある。けれどそれだけだった。
 ここに来るきっかけとなったあの男、禪院甚爾のような一目見ただけでわかるような凄みが亮介からは一切感じられない。二匹目のドジョウはいなかった。亮介はただの『禪院』で『欠陥品』だ。
 なんや、つまらん。
 そう心の中で考えて半眼になった瞬間、それまで何を考えているのかわからない顔でぼーっと湯呑みに視線を落としていた亮介がふっと顔を上げ障子の隙間から部屋の中を覗いていた直哉をその目にとらえた。

「おいで」

 気配で直哉がそこにいることはとっくにわかっていたのだろう。微笑みながら手招きする亮介の顔に驚きの色はない。
 入室を促され黙って部屋に足を踏み入れた直哉に亮介の禪院にありがちな吊り目が優しげに垂れ下がり、とろりととろけた。
 直哉が子供だから侮っているというのもあるだろうがそれにしても張りがない。根本が甘っちょろいのだと自ら喧伝しているような笑みだった。

「はじめまして。君は、直毘人兄さんのところの子かな?」
「はい。禪院直毘人の息子の直哉です。はじめまして亮介オジサン」

 年恰好からあたりをつけたのか少し首を傾げて尋ねてきた亮介に行儀良く膝を揃えて座った直哉がそう返すと、亮介はパッと破顔して「そうかそうかよく来たね」と手放しで歓迎の意を示した。
 その態度に、ほんの少しだけ目を見開く。
 つまらない。コレは自分が求めていたものではない。その評価については変わらなかったが、それはそれとして亮介はこれまで直哉の周囲にいなかったタイプの大人ではあった。
 禪院の次期当主と謳われる才能に恵まれた直哉のことを、媚びも嫉妬も虚勢もなくただただ子供扱いしてくる大人の男。
 つまらないが遊び方次第では楽しめるのではないかと考えた直哉はわずか一秒ほどの時間で遊びの方向性を定めると、少し俯いて上目遣いで亮介を見上げ、もじもじとしたふうに口を開いた。

「僕、まだ一回も会ったことないオジサンがおるって聞いて……どうしても会いとうなって来てしまいました」

 迷惑やなかったですかと窺いをたてる直哉に亮介は疑った様子もなく首を横に振り「そんなことない。嬉しいよ」といっそう優しげな声をあげた。
 禪院ではなかなか触れる機会のない春の日差しのようなあたたかな雰囲気。
 それに対し目の前の叔父の表情を真似るようにまなじりを下げにこりと人懐っこい笑みを浮かべた直哉の魂胆はというと、人との関わりが希薄な叔父にいい子ちゃんのふりをして可愛がられ、猫っかぶりを見抜けない間抜けを嘲笑ってやろうというそれはそれは悪辣なものだった。
 半ば引きこもりの亮介に直哉の普段の言動を知る機会があるとは思えないし、適当に遊んで飽きたら放置するかネタバラシをして仕舞いにすればいい。
 直哉は先日の衝撃的な出逢いにより既に目標を定めていた。
 あの男、禪院甚爾と同じ側へ行く。
 そのために己へ課した鍛錬の合間の息抜きがてらからかうには、頭の緩そうな亮介はちょうどいいオモチャだった。