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 出会いは高専に向かう途中の人の気配の薄い桜並木の下。初対面の印象としてはマイナス気味だったが、それでもあのときの美しい光景はいまでも頭に焼き付いている。
 異質なものは呪霊で見慣れているはずなのに、ひらひらと舞う花びらのなかぽつりと立っている男の姿がいっそ非現実的なほどに美しかったものだから思わず我を忘れて魅入ってしまった。
 白銀の髪に白い肌、真っ黒なサングラスの隙間から見える宝石みたいな青い目とそれを縁取る髪と同色の長いまつ毛。
 どれくらいのあいだ目を奪われていたのか、手元の携帯に落とされていた視線がスッと動いて俺の存在を捉えた。艶やかな唇が動いて「なに?」と声をかけられなければ俺はあのままずっと思考も体も固まって永遠に棒立ちになっていたかもしれない。

「あ……いや、桜にさらわれそうな人間って実在するんだなと思って」
「ああ、そーいうの間に合ってるんで」

 まるでこの場の流れを書いた台本でもあるみたいにさらりと言葉が返ってきて少しばかり面食らったが、うえっと気味悪そうに綺麗な顔を歪めて手を払うジェスチャーで拒絶を示した男の軽い声には怯えや驚きは含まれていなくて、なるほど本当に間に合ってるんだろうなと謎の納得が芽生えた。これだけ綺麗な容姿をしていれば、そりゃあ辟易とするほど声もかけられるだろう。
 わかりやすく嫌そうな表情を見てようやく自分がかなり寒い部類の口説き文句を口にしていたことに気づき、すぐに「悪い」と謝罪したがそのときにはもう男はこちらへの興味を失ったように携帯に視線を戻していた。
 一般的常識的なやりとりから考えるとかなり逸脱したマイペースさだが元より向こうから謝罪を求められて謝ったわけでもない。ここで食い下がればそれこそタチの悪いナンパだ。
 そう思った俺は、もう俺の存在など視界どころか意識の端からも消え失せていそうな男に向けて軽く頭を下げその場を離れた。
 離れてからもしばらくの間いましがた見た絵画のような美しい光景と人を馬鹿にしているととられてもおかしくない態度を思い返し、ぼんやりしながら『あれは観賞用だな』と失礼なことを考えていた。
 もう一度見てみたいという気持ちはあれど積極的に言葉を交わしたいとは思えない。一言話しただけで断定するのもなんだが、あれはたぶんロクな人間じゃないだろう。
 その失礼な考えは呪術高専で再会しても変わることなく、むしろ確信として深まっていった。
 五条と夏油と家入、俺が遅れて入学したときにはすでに出来上がっていた輪の外から観察する限り、五条という男は悪人ではないんだろうがとにかく本音を取り繕わないしわざと相手を煽って反応を引き出そうとするわりに他人に対する興味がまるでない。
 積極的に人の道を外れる行いをしないだけで言動や思想は大概クズだ。
 それでいいと思っていた。
 なにせ容姿限定とはいえ俺は五条に一目で心を奪われている。
 これで性格まで良かったら同性だとか呪術界最強だとか当主がどうとか御三家の確執云々だとか、面倒なことになる要素しかないのに本気になってしまいかねない。
 報われもしない恋に人生や命を捧げるなんて洒落にならないことは遠慮したかった。
 そう思っていたのに、高専に入ってしばらくすると五条の俺に対する振る舞いが変化しはじめた。
 普段の自己中心的な考えに端を発するわがままというより試し行為に近い、なにかを探るような物言い。
 大抵夏油が注意して喧嘩になって夜蛾先生に説教を食らってうやむやになるまでがセットだが、煽っておいて投げっぱなしにするのではなくこちらの反応を伺ってそうじゃないと拗ねたり癇癪を起こしたり、あるいは友人としては距離感の近い言葉やスキンシップで満足そうに頬を緩めてみたりするそれは、まるで俺のことを特別視しているかのようで。
 そんなわけないとわかってはいても、そこに好意が存在するかもしれないと思うだけで言動の一つ一つがかわいらしく見えてしまうから我ながらちょろい。
 五条は俺のことがそういう意味で好きなのかも、なんて、本当に馬鹿なこと。


「ーーーー好きなら隠さなくていいのに」


 そう言われたとき、頭の片隅には「そらみろ」と自分を指差して笑うもう一人の自分がいた。
 これまでスルーしていたはずの入学以前の出会いの話をなぜか今になって蒸し返してきたと思ったら俺の好意を確認したうえで「いまだったら引かねぇよ」とまるで気を利かせたみたいな雰囲気を出して言ってのけた五条は、別に俺のことが好きとかそういうわけじゃなくて、ただ単に友人の枠に入れたやつに対する距離が人より近く、自分が友人だと思った相手なら相手が自分に抱いている想いの種類はなんであろうと気にしないという一方通行な感性の持ち主なのだろう。
 俺が五条を恋愛的な意味で好いていると知って嬉しいともやめろとも言わないのがその査証だ。
 いまなら引かない。好意を伝えられても気にしない。なぜならあのときと違って俺と五条は友達だから。
 どこまでも傲慢でどこまでも無関心。こんな五条が俺を好きかもなんて、ほんの少しでも考えていた自分のお花畑加減が面白くなった。ここまでくるといっそ清々しいほどだ。
 こんなやつを好きになんてなりたくなかったが、人としてズレている五条相手なら本気になったとて真剣に向き合う必要性は感じない。隠さなくていいと言ってくれているのだし、好きなようにやらせてもらおう。
 報われなくても楽しむことはできる。どこか吹っ切れたような気持ちで「そりゃいいこと聞いた」と笑った俺を、五条は相変わらずの美しい顔に満足げな表情を浮かべて見つめていた。