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「何年か前、ある噂が立ったのがはじまりだった。私と直哉は恋仲なのではないかとか、私が次期当主に取りいって禪院を乗っ取ろうとしているだとか口さがのないことを言う者がいてね」

 明かりをつけたことで急激に現実味を取り戻した部屋のなか、一旦離した身体を再度引き寄せ抱きかかえるようにして直哉を腕の中に収めた亮介が順を追ってことの経緯を話し始めた。
 噂を知ってすぐ一番声の大きい者と個人的に話しをして黙らせたが一度広まったものを完全に消すことはできず、あろうことか禪院の外へまで噂の一部が漏れ出してしまった。
 不幸中の幸いというべきか、そこに直哉の名誉を傷つける内容のものは含まれていなかったものの『禪院ナマエは甥に取り入って禪院家の乗っ取りを画策している野心家である』という流言は本人が表に出ないがゆえの情報の少なさのせいもあって亮介の人物評として定着。それに踊らされた身の程知らずが接触を試みて見合いを申し込んできた、と。
 ━━おそらく説明としてはまだ前置きでしかないであろうこの段階で、直哉には一つどうしても気になることができた。噂についてだ。
 先程亮介が話した噂は直哉の耳にもたびたび入る機会があったしその度に群れをつくってはパクパクと口を動かす雑魚を鬱陶しく思っていたためよく覚えている。たしか以前からいろいろと耳障りだった躯倶留隊の男が一人首を吊って、それ以降波が引くように静かになったはずだ。
 それは別にどうでもいい。男の自殺に裏があろうがなかろうがそこに亮介が関与していようがいまいが、穏やかな叔父がそんなことをしたのかという多少のひっかかりはあるにはあれど直哉の知ったことではない。そんなことより問題なのは、その噂に直哉の性格に触れる内容が含まれていたことだ。
 あの性悪をどうやって手懐けたのかとひそひそ気色の悪い妄想をされ出来の悪い兄には良いネタを手に入れたと言わんばかりのにやけ面で絡まれて、それでも直哉は「アホらし」と冷たい目を向けるだけに留めて積極的に噂を消そうとはしなかった。時折聞こえてくる恋仲という言葉は妙に直哉を愉快にさせたし、どうせ亮介の耳には届かないとたかを括っていたからだ。
 その噂を亮介が知っている。ということは、つまり。

「なあオジサン」
「なんだい直哉」
「その噂でなんか他に……僕、のこととか、聞いてへん?」
「ああ、うん。でも直哉が普段自分のことを俺って言ってるっていうのは今日初めて知ったかな」

 少し言いづらそうに言葉を選んだ亮介だったがこの反応は間違いない。
 バレていた。
 少なくとも数年前の時点ですでに直哉の猫かぶりは亮介にすっかり知られてしまっていて、その上でいいこいいこと甘やかしを受け続けていた。
 本来であれば馬鹿にしていたのかと腹立たしく思うはずなのだが今は少し疲れているせいか投げやりな気分になって、まあええかと息を吐く。
 いまもこうして優しく抱きしめられている以上直哉の本性は温かい笑みや頭を撫でる手や近くで感じる体温を失わせる要素にはなり得なかったということだ。まだ言い訳の最中ではあるが、猫かぶりを知ってもなお亮介の目に直哉が愛らしい存在として映っていたならそれはそれでまあ、いいだろう。

「で?俺に取り入って禪院家を乗っ取ろうとしとるオジサンはなんで俺に隠れてこそこそ女と会うとったん?やましいところがないんやったら噂なんか気にせんで堂々としてたらええのに」

 眉間に寄った皺を指でほぐし気持ちを整えるために深く息を吐きだして続きを促すと亮介は気まずそうに視線を畳に向けた。
 逃げないし誤魔化さないと誓ったのにいまさらなにを躊躇うのか。

「……私が見合いをすると知ったら、直哉は絶対に相手方と接触しようとしただろう」

 じとりとした目で無言の圧をかけ続ける直哉に早々に根を上げた、あるいは背中を押されたように亮介は疑惑の根幹部分について語り始めた。
 禪院家の乗っ取りを企んでいるとされている亮介に接触してくるのは正攻法で当主の妻の座を狙えないような、呪術界において格の低い家の者ばかりだった。
 そんな輩が協力する力になると言ったってできることは知れている。例えば後継を作る腹としては呪力も術式も足りていないが見目だけはいい娘を亮介に嫁がせ、叔父の嫁という立場を足掛かりに直哉と接触できる機会を持ち、色で惑わせて時期当主の寵愛と種を得る、というような稚拙で穴だらけな算段を立ててみるだとか。

「警戒して直毘人兄さんに話をした上で内密に会ってみれば、案の定口裏でも合わせているのかと疑いたくなるくらい全員が同じことを言う。うまくことが運べば次期当主の、相伝の術式を持った子を孕むことができる。そうなれば今後舵取りも楽になるだろう、とね」
「……それはまた、おめでたい頭の人らやね」

 亮介が稚拙で穴だらけと評した策は禪院の内情を知るものからすれば失笑ものの愚策だった。
 躯倶留隊に所属している男の数からもわかる通り、まず術式を持った子供自体生まれる確率はそこまで高くない。術式を継いでいたとして相伝でない可能性、呪力が低い可能性、女が生まれる可能性だってある。
 現当主の直毘人が恵まれた血統と才能を持つ女との間にもうけた子供ですら直哉以外は全員ハズレだったのに、搾りカスから産まれた搾りカスが子供を一人二人孕んだところでなにになるというのか。
 さらに言えば禪院においては当主の妻といえど女に発言権などありはしないし、直哉の場合は特に、女が打算をもって自分を動かそうとすることを絶対に許さない。
 だいたい、もし万が一女が直哉の寵愛を得たとして夫である亮介に嫉妬の念が向き、良好な関係にヒビが入ったらどうするつもりなのか。
 直哉へのハニートラップはすでに直哉と蜜月関係にある亮介にとっては得になることが一つもない、最悪も最悪の悪手だ。どんな種類の花が頭に詰まっていればそれを協力などとのたまえるのか、いっそのこと割って中身を確かめてみたくなる。

「そう思うだろう?でも世の中それが互いの利になると信じて疑わない者が意外と多いんだ」

 本当に嫌になる、と珍しく直哉には見せない冷たい顔で舌打ちした亮介が「それでも可能性はゼロじゃない」と続けた。

「直哉が女をみそめる可能性も、寵愛する可能性も、私を疎ましく思う可能性も、どれもこれもゼロではないんだ。私が見合いをすると知れば、直哉は邪魔とまではいかずとも敵情視察くらいのことはしただろう。その程度には好かれている自信があった。美しい女を見て、直哉が恋してしまうのが嫌だった。だから見合いではなく仕事という名目で相手方まで出向いて全部こっそりと話をつけていた。私はただ、かわいい甥っ子に嫌われたくなかったんだよ」

 直哉は私の特別だからと囁くように告げた亮介に、全身がぞくりと粟立った。
 いつもの愉悦を何倍にも強くしてぐつぐつと煮詰めたような快感。身が震えるほどのそれは、間違いなく性的な快楽だった。

「たっ……」
「ん?」
「い、や、なんでも」

 叔父に対して反応してしまったという事実により行き過ぎた独占欲でしかなかったはずの感情にそれ以外の名前が生まれ、急速に根付いていく。
動揺と興奮で荒くなりそうな息を噛み殺してさりげなく足の位置をずらした直哉の羞恥心を、しかし亮介は見逃してくれなかった。

「やっぱり直哉が私に求めている特別はそういう意味なのかな?」

 赤くなった頬に手を当てられ「子猫だとばかり思っていたのになぁ」としみじみ言われて頭がカッと熱くなった。特別を求める気持ちが明確に『恋』になってしまったのはつい先ほど、こんなシチュエーションで亮介の告白じみた執着の言葉を聞いてしまったせいだというのにその言種はなんだ。特別だと言ったくせに、猫扱いなんて、子供として甘やかされるのはそりゃあ気持ちよかったけれどこのタイミングで子猫だなんて。
 直哉を衝動的な行動に走らせた元凶であるぐちゃぐちゃが煮詰められた快楽に溶かされ混じってぐるぐると頭を巡る。
 いっそもう一度押し倒して既成事実でも作ってやろうかと思ったところで亮介がじっと直哉の瞳を覗き込むように顔を寄せてきて直哉はびくりと肩を跳ねさせた。

「いまでも直哉だけだが、それでもそれ以上が欲しいかい?」
「……俺だけ」
「そう、直哉だけだよ。直毘人兄さんに見合いの話をしたとき好きにしろと言われたんだ。たぶん、直哉とのことも含めて。それで私は私なりに直哉との関係を継続させる方法をとった。叔父と甥としての関係をね」

 「見合いなんてどうでもいい。いまのままだって自分には直哉だけだ」と言った口で亮介は「でも直哉がそれ以上を望むなら」と直哉の欲に火をつける。脳に直接吹き込むように耳元で囁いて誘惑し、すでにわかりきっている答えをあくまで直哉から引き出そうとする。

「私は直哉を特別にかわいがれるならそれがどんな特別でもかまわないが、心だけじゃなく身体も許してくれるというなら喜んでいただこう」

 ここに至って直哉はようやく自分が亮介という人物を見誤っていたことに気がついた。
 直哉のことを子猫だと思っていたという、人のいい、甘っちょろい、愚かな男だとばかり思っていた叔父は、これまで見たことのない雄の顔で笑いこれまでとはまったく違う手つきで直哉の腰を撫でた。