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 求めよさらば与えられん。
 詳しくは知らないがたぶん聖書かなんかの言葉で、意味はまあ、読んで字のごとくそのままなのだろう。俺的知ってはいるけど全然実感したことがない名言集のうちのひとつである。
 世の中というのはとにもかくにもままならない。求めたって俺は五条や夏油みたいに強くなれないし家入みたいに反転術式を使いこなすこともできない。勉強はそれなりにできるけどいまいちパッとせず、同じくパッとしない顔のおかげかこれまでモテた経験はゼロ。一切なしだ。
 バレンタインという日にも小学校中学校と全力でチョコほしいアピールしてきたがお義理の代表であるチロルチョコやブラックサンダーですら貰えたことがない。高専はそもそも在籍人数が少ないし出会いもないから貰えなくてもしかたないと自分を慰めていたのに先日五条が「チョコなんかこの時期適当にゴディバの店舗の前でも歩いてれば貰えるだろ」と、おそらくこれは珍しいことに本気で悪気なくクリティカルな煽りをしてきて心が折れた。
 特に求めてなくたって与えてもらえるやつはもらえるし、逆もまた然りというのが世の真理なのだ。

「大袈裟だな亮介は」
「うるせー。黙ってても貰える側のやつに俺の気持ちがわかってたまるか」

 なにを隠そう放課後のいま現在、なぜだか涼しい顔をして俺の席を占領している夏油もまた五条と同じく非常にモテる人間なのである。
 しかも五条みたいなキャーキャーいわれる感じのモテじゃなくて現実味のある地に足のついたモテ。ロッカーに手紙付きのチョコが入ってたりクラスメイトに甘いもの好きか事前に聞かれたり後輩に呼び出されてチョコ渡されたりするタイプ。腹が立つことこの上ない。

「つーかいつまで俺の席に座ってんの?俺教科書取りたいんだけど」
「……そんなに怒るなよ」
「怒ってねぇからさっさと退いて」

 イベントの起こらないバレンタインなんて休みでもなければ宿題がなくなることもないただの平日でしかないんだから、早いところ忘れ物回収して寮に帰らせてほしい。少しイライラしながら手を払うように動かすと夏油は一瞬焦ったような戸惑いを含んだ顔で目を泳がせ、どういう感情かわからないなんともいえない表情を浮かべたあとキュッと唇を強く閉じた。

「━━亮介、これ」

 なにその百面相とツッコミを入れる前に夏油が小さく息を吸い、机の中から取り出したなにかの箱を滑らせるようにして差し出してきた。
 青い包装紙に細い金のリボンがかけられた手のひらサイズの平べったい小箱。俺にはまったく見覚えがない。見覚えがないはずのそれがどうして俺の机の中から出てきて、なぜ夏油が差し出してくるのか本気で理解できなくて「は?」と純粋な疑問の声が溢れる。

「え?なにそれ」
「チョコ。ほしかったんだろ」
「チョコはほしかったけどそういう話じゃない。なに?いっぱい貰ったからお裾分けとか?同情のつもり?」

 趣味のいい落ち着いたラッピングは品が良くて見るからに高級感がある。こんなの絶対コンビニとかスーパーで買った安物ではないだろう。間違いなく本命だ。たとえ自分で食べないにしても人に横流ししていいものではない。
 もし本当にそのつもりだったなら幻滅するぞという思いを込めて睨みつけると夏油はなんでそうなると言わんばかりに顔を歪め、呆れたように大仰なため息をついた。

「同情でこんなもの買うほど私は酔狂じゃないよ」
「同情じゃなくてからかうつもりだったってことなら酔狂通り越して悪趣味だぞ」
「だからそうじゃなくて……これは、」

 そうじゃなくて、となにか言いあぐねるように繰り返した夏油が再度大きくため息をついて顔を隠すように額に手をやった。それと同時に様子がおかしいながらかろうじていつも通りを保っていたはずの夏油が完全におかしくなった。
 なんというか、手の影になってる顔に浮かんだ表情が友人に見せる種類のものじゃない、ような。

「……こっそり渡せればそれでよかったんだ。本命を渡すやつがいるってことだけ知ってもらえればそれで満足で……私からだって言うつもりはなかったのに、お前が、忘れ物なんかして戻ってきたりするから」

 拗ねたようにそう言って「いい加減察しろ」と視線を逸らした夏油の寄せられた眉根や少し尖った唇、赤く染まった頬と耳に目を奪われ呆然とした。
 いまの話と夏油の態度を俺なりに察するとそういうことになってしまいそうなんだが、それでいいのか。
 信じられない。どうしよう。いくら念願の本命チョコといえ相手はあの夏油なのに。

「……亮介?え、うわ、なにその顔」
「お前にだけは言われたくねぇよ」

 悪態をついてひったくるようにチョコレートの箱をとる。顔が熱い。夏油相手に、なんでこんなドキドキしてるんだ俺は。