親にも先生にも友達にも相談できない恋の悩みの捌け口として俺はたまたま公園に居合わせただけの見ず知らずのおっさんを利用することにした。王様の耳はロバの耳。あの童話の聞き役は地面の穴だったが、気分はだいたいそんな感じだ。 ベンチに座ってぼーっとしていたいかにも無害そうなモブっぽいおっさんは相当暇だったのかそれとも俺が放っておけないほど深刻な雰囲気を醸し出していたのか、突然話しかけてきて一方的に悩みをぶちまけた俺を邪険にすることもなく静かに話を聞いてくれた。 ヒーローを目指している恋人がいること。将来絶対にすごいヒーローになるであろうこと。目標に向かって突き進む姿が眩しくて、その隣に並ぶことができないのが苦しくて、自分なんて必要ないんじゃないかと思ってしまうこと。 要領を得ずだらだらと話してしまったが端的に言えば俺はヒーローという夢に嫉妬し、劣等感と独占欲で拗ねてしまっているのである。我ながら最悪だ。格好悪すぎる。 言いたいことをすべて吐き出し馬鹿でかいため息をついて黙りこんだ俺に、おっさんはうんうんと幾度か頷くと「それじゃあ今度は俺の話も聞いてもらおうか」と穏やかな声で語り始めた。 自分の恋人は有名なヒーローであること。昔からすごいやつで常々どうして自分が恋人なのか不思議に思っていたこと。夢を追うその目に自分の姿が映っていないのが不満で不安だったこと。俺くらいの年齢のころ、相談もなく渡米を決めた恋人に限界を感じて別れを告げたこと。 俺のいまの状況とリンクする話に驚いておっさんを凝視する。おっさんは俺の視線を気にした様子もなく微笑みながら言葉を続けた。 「お前に俺は必要ないだろって切り出したら初めて見る顔で縋りつかれたよ。思いきり腕を握り締められて『お前がいなくなったらこの個性を呪ってしまう』って」 相手が自分を必要としてるかどうかは相手にしかわからないんだから、一人で結論を出すんじゃなくてきちんと話し合いなさい。 そう言っていたずらっぽく笑ったおっさんが長袖を捲り上げるとそこには一般人には珍しい痛々しい大きな傷跡が残っていた。引き止めるのに必死で加減を忘れた恋人に骨を折られたらしい。ゴリラか。 ━━俺は折られないように気をつけなくちゃな。 同じようなことができるかできないかでいうと間違いなくできてしまうであろう恋人の顔を思い浮かべ、俺は近く話し合いの場を設けようと心に決めた。 *** 「まったく恋人との待ち合わせ前に若い子ひっかけて。楽しそうになに話してたんだい?」 「いやなに恋バナってやつをな。話聞いてたらお前のとこの有精卵の恋人くんだったから助言してたんだよ」 言いながら腕をさすり、あの若者がおっさんの失敗を活かしてうまくやることを願う。 好きな人が自分のせいで悲痛な顔してるところなんてできれば一生見ない方がいいのだから。 |