生涯で出逢う中でおそらく一番物騒で厄介な男であろうクロコダイルにうっかり惚れてしまって以来これまでずっと命も惜しまずアプローチしてきたわけだけれど、おれは元来死にたがりでもなんでもない平和主義の小市民だ。 できることなら長生きしたい。その想いはクロコダイルがほんの気まぐれといったふうに「そんなに言うなら試してやろう」とおれに口付けたことでより強くなった。 試された結果クロコダイルのお気に召さなかったらそのときは別れるだけじゃ済まないだろう。間違いなく殺される。そのとき砂漠の砂が成人男性一人分増えるのかバナナワニの腹が満たされるのかはわからないがクロコダイルはそういう男だ。 だが生きていれば、恋人でありさえすれば、そんなクロコダイルに堂々と触れることができる。 だから死にたくない。少しでも長く生き延びたい。生きて恋人の座に居座って一回でも多くキスがしたい。 そう考えたおれは恋人になってすぐクロコダイルに手作りの浮気ラインチェックシートを渡し確認してもらうことにした。性格や相性云々で機嫌を損ねたならまだ納得できるが万が一浮気心皆無の行動を浮気だと判断されて殺されたら最悪だからである。裏切られた侮られたと感じたが最後なクロコダイルとお付き合いするならこういうすり合わせは必須だろう。 しかしおれが真剣に考えて書き出した『恋人がこういう行動をとった場合浮気とみなすかどうか』という質問━━具体的には異性と二人きりでの食事や会話など━━を一瞥したクロコダイルは鼻で笑うと同時、チェックシートを砂に変えてしまった。 「いい心がけだが的外れだな。いいか?浮気かどうかは関係ねェ。おれが不快になったら、だ」 不快になったら、殺す。そういうことなのだろうと理解して予想以上の死の近さに顔を引き攣らせるとクロコダイルは「嫉妬じゃなく不快にさせなきゃいいだけだ。簡単だろう?」と愉快げに笑った。 はなから嫉妬されるとは思っていない。おれが問題としているのはクロコダイルの猜疑心と矜持が恋人という立場にある人間の不貞行為を許すか否かとそのラインだ。 まあ教えてくれないならできるだけ気をつけて回避していくしかないかと少し乾いた声で笑って、笑いあって、するりと手を取られ硬直する間もなく腕一本分の水分を抜かれた。 メキメキと音を立てて肉が軋み干からびていく激痛に悲鳴とも呻きともつかない声を上げる。と、うるさいと言わんばかりに唇に噛みつかれ舌先で傷口を抉られた。腕に感覚を持っていかれているせいで痛みはないが舌を絡めとったら口の中に濃い血の味が広がったのでがっつり切れているのだろう。 「今回はこれで済ませてやる。その趣味の悪ィ香水の臭いを落としてこい」 髪を掴んで顔を引き剥がしそう告げたクロコダイルの冷たく光る金の瞳。その奥に煮えたぎるような怒りを見つけ、ここに来る前、ケバい化粧のカジノ客にぶつかって抱きとめたことを思い出し水分を失ったにもかかわらず冷や汗が出た。 どうしよう。長く生きられる気がまったくしない。 |