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 あの日、公安の誘いを受けたことに後悔はない。まともじゃない親二人がまともじゃない親一人になったところでまともであろうとする子供に未来などあるはずもないのだ。
 哀れで無力な子供に公安はヒーローになるための道を用意してくれた。鷹見啓悟にとって、あれは間違いなく奇跡のプラチナチケットだった。
 だから後悔はしていない。けれどあのころの自分はまだ子供で、何か大きな決断をするためには知らないことが多すぎて、そんな無知な子供を国家権力で逃げられないように囲い込む公安の悪辣さに思うところがないと言えば嘘になるのも事実だった。
 例えば、鷹見啓悟は恋を知らなかった。
 情報漏洩や裏切りを事前に防ぐため一番に警戒されるのは色恋沙汰、いわゆるハニートラップだ。年齢と劣悪な環境のおかげで初恋どころか愛情すらなにかよくわかっていなかったホークスはまず言葉だけでそれを説明され、その数年後、公安に認められた『安全な女』の利用方法を教えられた。
 下世話な話には似つかわしくない真剣な表情で写真つきのカタログを渡してきたのはよりにもよってホークスにとって初めての、そして墓まで持っていこうと決めていた恋の相手で思わず泣きたくなった。
 泣かなかったのは公安の訓練の賜物だ。そして皮肉にもその訓練をホークスに施したのは目の前の男である。

「女の子はいいです。俺、抱くより抱かれるほうが性に合ってるみたいなんで」

 ホークスは傷ついた内心を完璧に隠してへらりと笑い「ナマエさん相手してもらえます?」と冗談めかして打診した。
 珍しく驚いた顔で少し考える様子を見せたあと「お前が本気なら」とメモに走り書きして渡されたのはナマエのプライベートの電話番号で、しかしどうせこれも公安の監視下にあることに違いはない。本当のプライベートなどどこにもありはしないのだ。
 とんだプラチナチケットだと心で苦笑する。
 裏を知って汚さを知って、恋も恋の痛みも知って、それでも結局チケットを掴まないという選択肢は存在しないのだけれども。