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 雨の赤ずきん他いくつもの怪しい噂の調査依頼を受けざるを得なくなった真下はささくれだった精神と探し求めていた朝倉の情報に近づいた昂りを鎮めるため慣れた手つきで煙草に火をつけ、深呼吸するように肺の奥深くまで煙を吸い込みゆっくりと吐き出した。
 朝倉の特殊な境遇とそれに端を発する生きることへの執着のなさ。前払いとして得られた情報だけでも独りになったいまの朝倉がどれほど危うい精神状態になっているかは簡単に想像がついた。安岡が訪ねてこなければ朝倉の行方はわからないまま、取り返しのつかないことになっていた可能性が高い。まあ、だからといってあの老婆に自分を紹介した八敷に対して感謝しようという気はまったく起きやしないのだが。
 安岡が朝倉の情報を持っていたのはあくまでも偶然だ。つまり真下が人を探していることなど知りもしなかったであろう八敷が送り込んできたのは大量の厄介ごとを押し付けてくる食えない婆さんにすぎない。始めたばかりの探偵業には質も量も不釣り合いな安岡からの依頼。例え意図したものでなかったとしても真下からすれば立派な嫌がらせだった。
 安岡の依頼を全てこなすには圧倒的に人手が足りない。頭数を揃えるだけならやりようはいくらでもあるが怪異がらみかもしれないとなれば誰かれ構わずとはいかなくなる。怪異がどんなものか知っていて多少なりとも死なないための心得があり、最悪の事態が起こり得る可能性を承知の上で調査に臨むことができる者。どういう存在であればその条件に当てはまるのかは他ならぬ依頼人の安岡が示してくれていた。
 まずは八敷だ。報復がてらあの男を確保すればそれを餌に他の『元印人』たちもいくらか釣ることができるだろう。安岡自身が声をかける者もいるはずだからそれでどうにか乗り切るしかない。
 巻き込んだ中から犠牲が出るかもしれない。それが必要な犠牲とまでは思わないが考慮して引き下がるつもりは一切なかった。
 たとえいま現在の朝倉に積極的に自死を選ぶほどの希死念慮がなかったとしても今後誰にも知らせることなくふらりと姿を消してしまうことがないとは限らないのだ。実家にも知らせず行方をくらまされれば真下がいま必死になって得ようとしている安岡の情報も役に立たなくなる。制限時間のカウントダウンなんて親切なものが見えるわけでもなし、チャンスを逃さぬよう可能な限り迅速に依頼を片付ける以外の選択肢は最初から真下の中には一切存在しなかった。
 そんな自分の考え方をふと客観視した瞬間、安岡が真下を『強い』と評した真意が理解できた気がした。
 正直なところ、真下は特別何かに秀でているわけではない。荒ごとにはそれなりに自信があるし馬鹿ではないという自負もあるが真下より優秀な人間は元同僚にだって何人もいた。物理的な攻撃でどうにかなる相手ならともかく銃すらろくに効かない怪異との戦闘など完全に専門外。事情があれば危険も厭わない己の性格からして生命力や生存能力だって怪しいものだ。
 真下は自分が他者と比べて特別強いわけではないことを知っている。だから詐欺まがいの占い師がその気にさせるために適当なことを言っているのだろうと流していた。
 けれど確かにある一点において。朝倉を生かすという意志だけは誰よりも、それこそ朝倉当人より余程『強い』に違いない。
 朝倉に欠けているものを補う力を、自分は間違いなく持っている。すとんと腑に落ちた解釈に真下は「なるほど」と独りごちた。
 たしか相性もいいんだったか。占い師の言うことなど所詮話半分でしかないが、悪くない。
 久々にほんの少しマシな気分になった真下は薄い笑みを浮かべてまだ短くなっていない煙草の火を詰り消し、車のキーを手にとった。行き先はもちろん九条館だ。
 必ず全ての依頼を解決し朝倉を見つけ出す。見つけて、捕まえて、二度と離さない。怪異にも他の人間にも渡さないし地獄にも極楽にも絶対行かせてなるものか。
 常々定めていた自分にとっての常識を改めて確認するように胸の内でなぞる。
 ━━朝倉拓巳は俺のものだ。