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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




 貴様のせいだと難癖をつけられて半ば無理やり協力させられた雨の赤ずきんの一件からしばらく、真下に助手ができたと聞いた八敷はあれだけ多忙そうだったのだから人を雇うのは当然だろうと納得すると同時にいくつかの心配を胸に抱いた。
 まずは真下の人格について。
 助手ということは八敷のように怪異関係で駆り出されたり近況報告をするときだけというわけではなく四六時中行動を共にすることになるのだろうが、あの傍若無人な男の元でストレスなく仕事をこなし、なおかつ成果をあげられる都合のいい人間などはたしてこの世に存在するのか。雇ったところですぐに限界がきて離職してしまうのではないか。
 ふたつ目は真下の仕事上必ず関わることになるであろう危険━━怪異について。
 八敷含め雨の赤ずきんのときの協力者は以前に怪異と対峙した、せざるをえなくなったことのある者たちだった。
 噛みあとのような痣、いずれ死に至る時限式の呪いであるシルシを刻まれ死を受け入れるか怪異に立ち向かうかの二択を迫られた『印人』たち。
 怪異に関わる危険とはそういうことだ。その危険を、死の可能性を、助手になったという人物はきちんと理解しているのだろうか。
 さすがの真下でも何も知らない一般人を騙しうちのようにこちらへ引きずり込むようなまねはしないと思いたいが絶対しないと言い切れるほど深い付き合いをしているわけでもなく、八敷は他人事ながら拭いきれないもやもやとした不安を頭の片隅に棲まわせるはめになった。
 そして今日。はじめて真下の助手を務める男、朝倉拓巳と対面して挨拶を交わした八敷はあまりのことに呆気に取られてしまった。悪い意味ではなくいい意味で、まさかこんな人間が本当にこの世に存在したのかと。

「はじめまして、真下の探偵事務所で助手をしている朝倉拓巳です」

 八敷さんのお噂はかねがねと人懐っこい笑みを浮かべる朝倉はなんと真下の刑事時代の後輩でありもともと怪異との関わりも深い家の出なのだという。それはつまり真下の性格は事前に把握済みで仕事の能力も高く、怪異についても理解があるということだ。
 思わずなんだそれはと言いたくなった。都合の良い人間でなければ真下の部下など務まらないと思ってはいたが、いくらなんでも都合が良すぎるだろう。

「実家がね、ちょっと特殊な神社なんです。それでまあ子供のころから生きるか死ぬかみたいなのをいろいろと……あっ、神社生まれっていってもお祓いとか特殊なことができるわけじゃないしほんと存在を知ってるってだけですよ!それに探偵助手なんて言ってもやってること事務作業と接客ばっかですし。ほら、真下先輩が口開くとお客さん逃げちゃうでしょ?」

 元刑事なだけあって体格はがっしりしているがくるくる変わる表情や丸い瞳のおかげでどこか幼く見え、さながら大型犬の仔犬のように愛嬌がある。雇い主である真下が目の前にいるのもかまわず態度の悪さを指摘して笑ったり「給料を握ってるのは俺だってことを忘れているようだな」と脅すようなことを言われても「すみませ〜ん」と軽く謝って流したりする図太さといい、なるほど、朝倉は間違いなく真下の助手としてこの上ない適性を持つ男だった。
 なんだか釈然としないがとりあえず安心はした。少なくとも真下のせいで不幸になることはなさそうだし危険を承知で仕事についたのなら八敷が口出しすることはなにもない。
 それに朝倉の存在は八敷にとってもまた光明と言えた。九条家と同じく家系的に怪異に関わっている朝倉のツテがあれば八敷が破壊方法を探っている怪異、メリイの手がかりもなにか掴めるかもしれない。

「これからよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 真下とは真逆の友好的な態度で握手を求められ、素直に応じる。
 本当にまともな男だ。どうしてこんな男が真下の事務所で働くことになったのか、それこそ怪異の噂くらい不思議なほどに。

 笑顔で握手をかわす八敷と朝倉を見て真下だけが呆れたような、苦々しげな、それでいて満足そうな顔つきで鼻を鳴らしていた。