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 自分で言うのもなんだが俺はとても正直な悪魔である。たぶん心のオープン具合でいえば魔界一ではないだろうか。悪いことはしても隠しはしないし思ったことは口に出す。実家のご近所さん、物心ついたころからの幼馴染みがあのバラム・シチロウなのだからそう育つのもさもありなん。
 バラム家の家系能力『虚偽鈴』の前では不正を隠す術などありはしない。別に嘘をつこうとズルをしようとそれが害のあるものでない限りシチロウは見て見ぬ振りをしてくれるだろう。だがシチロウが気にしなくたって俺は気になる。気になるけれど、だからといってそのためにシチロウを遠ざけたいとも思えなかった。
 少し悩んでそれならいっそはなから隠し事をしなければいいという結論に至った幼少期以降、俺はシチロウに対して基本隠し事をせず嘘もつかず秘密があるなら共有するというある意味誠実な生き方を続けてきた。対応を分けるのが面倒なので他のやつにもオープンはオープンだがシチロウには扉全開どころか扉をとっぱらう勢いですべてを曝け出した。
 それが苦にならなかったのは俺が生来単純な性格であり、またそんな単純さがシチロウとの相性という面でも抜群だったからだろう。裂けて牙の露出した口を見ても「いたくねぇの?」「治らんの?ずっとそのまま?」「最悪じゃんすげぇ水飲みづらそう」で終わらせた俺の適当な対応に他の悪魔たちから避けられるのが当たり前になりつつあった当時のシチロウはいたく感動して懐いてくれた。絵本を読むのが好きなシチロウと外で体を動かすのが好きな俺、遊びで行動を共にすることはあまり多くはなかったけれどシチロウは「俺らだけの秘密な」とイタズラの計画を教えれば目をキラキラさせて喜んだし俺もそんなシチロウがかわいくて積極的にかまっていた。
 バビルスに入学してからはシチロウ経由で知り合ってなんだかんだとつるむようになったカルエゴも交えて腐れ縁が続いた。めきめき成長したシチロウが俺よりでかくなって話すときに見上げなくちゃならなくなっても、秘密を共有するときにわりと辛辣な言葉で短慮や衝動的な行動を諌められるようになっても、俺にとってシチロウはかわいいシチロウのままだった。
 腐れ縁が揃って教師になって、これはいよいよ一生この関係が続くのではないかと思っていた。この関係のままずっと一緒にいられたらどんなに幸せだろうとも。
 そんな俺の楽観的な将来図は教育係であるダリ先生の何気ない一言によりあっけなく覆された。

「あれだね!ミラ先生はバラム先生のこと大好きだね!」

 そりゃそうですよと答えるはずだった。意図して魔力を切らない限りあらゆる誤魔化しが通用しないシチロウには表面上だけ好意的に接していても意味がない。やましいことなく心からシチロウを好いているからこそこれまで良好な関係を築いてこれたのだ。
 だから当然のようにそうですよと答えようとして、動かない口に困惑した。カアッと顔に熱が集まって「あっ……」と小さく声を上げたダリ先生のやっちまったと言わんばかりの表情に知りたくもなかった自分の気持ちを一層強く自覚する。
 本当に知りたくなかった。自分の内側に、シチロウには絶対に知られたくない感情が育っていた。純粋だったはずの好きにいつの間にかこんな、やましいものが混じっていたなんて。
 自覚してしまってからは早かった。いつこのやましさに気づかれてしまうかと怯えながら今まで通りの関係を続けるにはシチロウは聡すぎたし、俺は嘘が下手すぎた。

「ミラ、なにか僕に隠してることあるでしょ」

 来た、と思った。予想通りすでに確信を得ている様子のシチロウからの質問に、秘密を作らないのが当然という関係を築いてきてしまったことを少しだけ悔やむ。
 伸ばし放題の髪からのぞくジトリとした目とマスク越しに発せられる不機嫌そうな声色。普段ならそんなんじゃまた生徒から誤解されるぞと笑い飛ばすところなのにそうできないのは自覚してしまった恋心に加えかつて交わした約束を破らざるをえない罪悪感のせいだった。
 そう。昔、約束をした。サプライズでシチロウの降魔の儀を開催しようとしたときのことだ。
 今回と同じく速攻で俺の隠し事を見抜いた幼いシチロウにとっていつも開けっ広げな俺が自分に対してなにかを隠しているというのはどうしようもなく許しがたいことだったらしい。なんとかして秘密を暴こうと『虚偽鈴』を発動させたうえで質問攻めにしてきたシチロウから同じく幼かった俺はサプライズを成功させたい一心で全力逃走し、逃げられたシチロウは俺に嫌われたと思い込んでぴーぴー泣いた。喜ぶ顔が見たくてサプライズを計画した俺もシチロウを泣かせてしまったことにショックを受けて一緒になって泣いた。
 そのときに約束したのだ。もう傷つけるようなことはしない。もしシチロウのために隠し事をすることがあってもシチロウが気が付いて尋ねた時点で隠すのは諦めて素直に教えると。
 ━━約束、したのになぁ。
 シチロウはもう忘れているかもしれないけど確かに約束したのに。さすがにこれは教えられない。シチロウのためじゃなく俺のために。そのせいでシチロウとの関係に距離ができてしまうとしても、これだけは。

「……ミラ?」
「ごめん。言えない」
「、え」
「ちょっとプライベートなことで……トラブルに巻き込まれたとかそういうんじゃないから、聞かないでもらえると助かる」

 罪悪感はあるけれどしょせんは子供の口約束。破るだの破らないだのだってきっと俺の独りよがりだ。素直に認めたうえで詮索しないでくれと頼めばシチロウだって大人の対応をしてくれるだろうと頭を下げて告げた言葉に、シチロウはしばらく沈黙し、目をぱちぱちと瞬かせた。

「それは、僕以外にも話せないこと?」
「そうだ。誰にも話せない」

 言いながら、話す以前に知られてしまっている相手ならいるけどとダリ先生の顔を思い出す。物凄く気まずそうに謝られたしわざわざ言いふらすようなことはしないだろうがあのゆるい雰囲気を思うとうっかり口を滑らせたりしないか心配だ。

「……僕には教えられない?」
「教えられないっていうか、教えたくない」
「なんで」
「シチロウ」

 聞かないでくれと再度制すとシチロウはまたしばらく沈黙して一度きゅっと手を握りしめ、うつむき、それで言いたいことを飲み込んだのかどこか乾いた声で「わかった」と了承を口にした。
 あっけないとも思ったがお互い大人なんだ。こんなものだろう。深追いしたり逃げ出したりすることもなければ揃って泣き喚くこともない。子供のころとはまるで違う、実に理性的な幕のおろしかただった。

 最良の方法をとることができたと思っていた。
 数日後、額に青筋を浮かべたカルエゴからシチロウの情緒不安定をなんとかしろとクレームが入るまでは。