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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 酒癖も女癖も手癖も最悪な兄、アンドロ・M・ロック。そんな兄が仲良くつるんでいる者も当然似たり寄ったりなクズばかりなのだが、ジャズから見て一魔だけどうしてこんなやつが?と思う悪魔がいた。
 そのミラという男は、どう表現すればいいのか──そばにいるとなぜか安心してしまう、穏やかで優しくて、とにかく警戒心を抱かせない悪魔だった。
 警戒心を失わせたうえで悪事を働くのが生きがいというような悪辣な男なら兄が傍に置きたがるのもおかしくはない。しかしミラはすっかり無防備になった相手に対してロックの盗難を警戒するよう促したり相手が警戒していてもなお盗みを成功させるロックを咎めたりととにかく善良で、酒を飲んでいるところを見ることも女悪魔との悪い噂を耳にすることもなく、知れば知るほどどうしてあの兄なんかとと思わざるをえなかった。
 ミラとジャズがロックを通してではなく一対一で話しをするようになったのだって連日兄に部屋を荒らされ占拠されているのを知ったミラが気を遣ってよかったら自分の家にこないかと誘ってくれたのがきっかけだ。
 初めこそ遠慮していたものの、心を穏やかにしてくれるミラと話すうちに距離はどんどん縮まっていった。もっと一緒にいたい、仲良くなりたい。そう思ったころに「実はロックは家にあげたことないんだ。ヤり部屋にされると困るだろ?」といたずらっぽく言われたら、もう断るという選択肢を選ぶ気にはなれなかった。
 ミラの家では好きなようにくつろいでていいよと放置されることもあればジャズの愚痴を根気強く聞いてもらえることもある。あとは二人でゲームをしたり、意外と高ランクなミラに勉強を教わったり、持ち込んだお菓子を食べてだらだらしたり。
 ああ、それに、癖で盗みを働いたこともある。あとでバレて怒られたがすぐに笑って許してくれた。

「やっぱりロックの弟だなぁ」

 笑いながらそう言うミラになぜか胸が重たくなって、以前から疑問に思っていた「どうして」という疑問をぶつけたら「お前の兄さんはクズだけど意外といいやつなんだよ」と兄を肯定されて苦しくなって自分でもわけがわからないまま涙をこぼして、そうしたらミラは突然泣かれてジャズ以上にわけがわからなかっただろうにとても優しく宥めてくれた。
 ロックと並べて語られるのが嫌だったのか。比較してるつもりはなかったけど配慮が足りなかった。ロックのことに触れられたくないならこれからなるべく話さないようにする。優しくされたせいで涙が止まらなくなり嗚咽を漏らしながら俯くだけのジャズを面倒くさがらず、心を紐解くようにゆっくりと尋ねてくれたミラのおかげで、ジャズは自分の胸の痛みの理由を知った。
 ミラのことが好きだ。
 ロックの弟ではなくただのジャズとして見てほしい。自分に意地の悪いことをする兄を認めないでほしい。兄と関わらないでほしい。好きになって。嫌わないで。自分だけのものになって。
 自覚すると際限なく湧いてくる欲を無理やりひっこめ、心配するミラに見送られて自宅に帰ったジャズに何かを察したらしいロックは「あんまりあいつに入れ込むなよ」とまとはずれで余計な警告をよこしてきた。
 入れ込むななんてそんなのもう今更だし、片思いで苦しい思いをしたとしても相手がミラなら悪いことになんてなるはずもない。だってミラはあんなにも誠実で優しい悪魔なのだから。

***

「んっ……ふ、ぁ……ん、っ」
「ん、うまくなったね。ジャズ」

 絡められる舌に必死に応え、真っ白になってしまいそうな頭を必死に働かせながらキスを貪る。褒められた。うれしい。でも、せっかく頑張っているのにそんなふうに優しい声で褒められたら体の芯がぞくぞく震えて腰が砕けそうになるからやめてほしい。
 ミラとこうしてキスをするようになったのはロックの警告からしばらく後。ジャズから告白して、兄への対抗心で勘違いしているのではないか、もう一度よく考えるようにと保留にされて、再度告白する際に本気を伝えようとキスしてからのこと。
 ジャズの気持ちを受けいれてくれたミラは、恋人として少しずつ少しずつジャズに気持ちのいいことを教えてくれるようになった。褒められることも認められることも甘やかされながらキスするのもたまに意地の悪い触れ方をされるのもミラに与えられるものは全部が全部気持ちいい。気持ちよすぎて教わっても水を吸いきれなくなったスポンジみたいに溢れていってしまうのが難点だがミラは何度だって繰り返し教えてくれるので心配はいらない。
 まだまだたどたどしいキスも、初めてのときはミラにただただ翻弄されたうえ酸欠でダウンしてしまったのだからそれからすれば間違いなくマシになっている、はずだ。

「今日はどうする?家、帰る?」
「……いや、明日学校休みだし……どうせ帰っても部屋入れないし」

 嘘だ。最近ロックはジャズの部屋に女を連れ込むのを少し控えるようになった。そして顔を合わせる度に言う。「ミラはやめとけ」と。

「じゃあこのまま泊まっていきな。続きは課題終わらせたあとで。いい子に出来たらジャズのしてほしいことしてあげるから」

 してほしいこと、という言葉に期待でぞくりと震えが走る。
 最近のミラは優しく穏やかで警戒心を緩ませる笑みの裏に隠された欲を、まるで種明かしでもするかのようにジャズに見せてくれるようになった。初心なジャズが見抜けなかった本性。蛇を喰うやつもいるんだぞ。いつだったか苦々しげに吐き捨てられた兄の言葉がリフレインする。
 全部罠だったとしても、選び取らされた結果でも、喰われてもいいと思うまでになってしまった今となっては全ての警告は無意味でしかない。
 ジャズはミラの手を取った。そして一度手にしたらもう放すことなんてできるはずもないのだから、この話の結末はもうどうしようもなく決まってしまった後なのだ。