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「#幼馴染」のBL小説を読む
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「室内からの破壊不能、個性による外への移動や連絡も不能、家具備え付け、食料飲料完備、シャワーもトイレも使えてミッションを達成するまでは数週間でも数カ月でも部屋が消えることはない──だっけ」
「破壊不能ってのは単純に試したやつの火力が足りなかった可能性もありますが、それ以外は異常ですね」
「だよなぁ。オカルトじゃなくて誰かの個性で作られてるならその誰かさんって何者って話だわ」

 可能性があるとしたら明晰夢をみせることができる個性くらいしか思いつかないけれど、報告では『数カ月閉じ込められたはずなのにミッションを達成して外に出たら部屋に閉じ込められる直前の日付に戻っていた』というパターンと『実際に数カ月行方不明になっていた』というパターンの二種類があがっていた。一つ目はともかく二つ目の場合、数カ月飢えることなく生き延びたということは食事は現実にとっていたのだろう。だとすると夢をみせる個性とは状況が一致しない。というか、まず数カ月も個性を連続使用するというのが非現実的だ。複数人で協力するにしても無理ゲーすぎる。

「オールマイトがいれば本当に破壊不能か試せただろうけど俺もお前も火力特化な個性じゃないし、当事者になっても理不尽だってことしかわからん。考察はお手上げだな。つーわけでさっさとミッション探してカキューテキスミヤカに脱出しようぜ相澤くん」

 気が付いたらここにいて、俺も相澤もなぜか共通してここが噂の出られない部屋だと認識しているというところから情報交換、可能性の洗い出しをしてみたがこのままあーだこーだ言っていても得られるものはなさそうだ。
 閉じ込められてる時間がなかったことになるほうならいいが、もし現実と同じように時間が経過するパターンだったら社会人にはあまりにもダメージがデカい。無断欠勤はときとして死を招く。事情を説明すれば融通をきかせてくれそうな雄英教師の相澤はともかく小さな個人事務所でヒーローをしている俺は信用を失ったらそれまでだ。ミッション内容がすぐ済むものであるようにお祈りしなければ。

「噂ならミッションは目につくところにあるって話では?」

 すぐ済むといっても指だの足だの命だの血なまぐさい要求をされたらいやだな、と天井を仰いで虚ろな目をしていると左右に視線を向けた相澤が訝し気に眉をひそめた。

「壁やら電光掲示板にでっかく表示されてることもあるけどメモの場合もあるんだろ。たぶん今回は家探しから始めろってことだよ」

 あからさまに面倒くさそうな顔をした相澤の気持ちはよくわかる。なにせ俺たちが閉じ込められているのはどこの高級ホテルのスウィートルームだよって馬鹿馬鹿しくなるほど広大な部屋なのだ。きっと風呂場とトイレが何個もあるやつだ。脳に情報を植え付けられでもしているのかここが出られない部屋だという確信があるから便宜上部屋と呼んではいるが、正直これを部屋とは呼びたくない。リビングらしき現在地だけでちょっとした運動会ができそうな広さの部屋は俺の中の庶民が拒絶反応を起こす。

「相澤はこういうホテル泊まったことあるか?」
「あるわけないでしょう。睡眠をとるなら寝袋で十分です」
「あー、お前はそういうやつだよな。俺も初体験だし落ち着かないわ。なかなかうんざりする広さだけど、とりあえず軽く見て回ってみようぜ」
「……そうですね。なら市井さんは向こうの扉をお願いします」
「ええ、バラけんの?一緒に探せばいいじゃん」
「二手に分かれた方が合理的でしょう」

 はい出ました相澤名物合理主義。言ってることは正しくてもそういう言い回しってなんか冷たいし無駄な反感を生むよなって毎回思うわ。しかも今回に限っては特別正しいわけでもないしな。

「一人で探して見落としがあったら二度手間になるだけだし相澤も一緒に頼むよ」

 複数人でこなさなきゃならないミッションが、例えば鉛筆でメモに書かれていたりして後から修正可能な状態だった場合、内容によっては疑心暗鬼を生みかねない。それを防ぐためには二人同時に、あるいは修正不可能な状況や時間差で見つけることが重要なのだ。
 わざわざそれを口に出して指摘すれば俺が相澤を疑っているのだという誤解を与えかねないので適当な理由をつけて向こうは何の部屋なんだろうなと相澤の手をとり歩き出す。と、その瞬間、相澤が動揺したように身体を強張らせた。
 あーやだやだ。数時間前までセックスしてた仲だってのにこの程度のスキンシップでこの反応。嫌だなぁ。

***

 俺と相澤がいわゆるセフレの関係になったのは相澤が教職に就く前、俺がまだ独立せずサイドキックをやっていたころだった。
 雄英の一学年下の後輩だった相澤とは何かと縁があって一年生のころは特に世話を焼くことも多かったのだがそのころから相澤は俺に対するあたりが強かった。他の奴に対する壁のある態度とは少し違う突き放すような態度と、それとは逆に絡んでくるようなトゲのある言葉。まあ嫌われているんだろうなと思っていたし相澤に同学年の馬鹿明るい友人ができてからは俺から積極的に手出しや口出しをすることもなくなった。それでも顔を合わせれば当てこすりじみた辛辣な言葉をかけられたりしていたから相澤にとってはよほど鼻につく存在だったのだろう。
 それでも俺は相澤のことが嫌いじゃなかった。嫌いじゃないどころか、ずっと好きだった。
 たぶん、嫌われているとしてもそれはそれで特別扱いだと浮かれていたんだと思う。別に特別扱いは認められているのと同義語ではないというのに、俺の性的指向を知ったやつからそれなら一晩と熱心に口説かれているところを偶然目撃したらしい相澤に誰でもいいなら自分のセフレにならないかと誘われるまで勘違いに気づかなかったのだから我ながら馬鹿だ。
 無駄な金もかからない、ハニートラップの心配もない、相手を固定した方が性病のリスクも低い、情がなくてもセックスできるなら性欲処理にはちょうどいいでしょうとお互いにとってセフレになるのが合理的であると淡々とした様子で説明してくれた相澤は俺を都合のいい道具としてしか見ていなかった。特別でもなんでもない。相澤にとっての俺は、セックスはできるがセックスしても情を移さずに済む程度に嫌いな道具だった。
 提案を断らず、それどころか相澤の意見に賛同してセフレになることを快諾したのは人間の情は理詰めでどうこうなるものじゃないと相澤に思い知らせてやりたかったからだ。
 合理性に基づいてセフレに選んだ男が選ばれて傷ついてそれでもセフレに甘んじる程度には自分のことを好いていたと知れば、合理的に冷徹になれても残酷なことを好むわけではない根が善良な相澤はきっと傷ついてくれるだろう。
 八つ当たりでも逆恨みでもなんでもいい。俺は相澤を傷つけたかった。過去の話だ。セフレを長く続けすぎたいまとなっては抱え続けた想いが相澤にばれるのが心底怖い。数えるのも面倒なほどセックスしていても手を握るだけで拒否感をあらわにされるのだから、恋心なんて知られてしまえば絶対に傍にはいられない。
 何から何まで馬鹿だと思う。
 情は理詰めで動かせるものではないと思い知ったのは他ならぬ俺の方だった。

***

「あー、あったあった。絶対これだろ。あからさまに怪しいわ」

 相澤と一緒にやっぱり二つあったバスルームとベッドルームとシェフを呼んで料理してもらう仕様であろうキッチンとピアノのある部屋を調べた後、これも二つ目のベッドルームに入ったところ高級感あふれるテーブルの真ん中に不釣合いな茶封筒が置かれていた。「これなら二手に分かれた方が早かったですね」と嫌味を言う相澤を無視して中身を確認する。
 なるほど。望み通りすぐに済む、血なまぐさくもないミッションだ。俺と相澤に対してこの内容というのは人選からして悪意を感じるが誤魔化しようはいくらでもあるから大した問題はない。

「『好きな人をお互いに教えるまで出られない部屋』だって」

 覗きこんでいたからもう見えているだろうが、いまだ反応の無い相澤にむけて封筒に入っていたメモをひらひらさせる。
 これはお互いに教えるっていうのが意地悪ポイントだな。『教える』じゃなくて『言う』ならそれぞれ離れた部屋で口にすれば知られずに済むがこのミッションじゃそうはいかない。
 俺の場合は相澤に先に好きな人を言わせてから「俺が好きなのは相澤!あっこれライクでも大丈夫だったみたいだな!よかったよかった!」ってやればいいだけなんだけど、もし絶賛浮気中の恋人同士でこのミッションが当たったら扉が開いたとしても地獄絵図。修羅場待ったなしだろう。
 いやまあ俺だって相澤の好きな人なんて知りたくないから無傷じゃすまないが。それでも致命傷を免れる逃げ道があるだけだいぶマシだ。

「じゃあさっそく相澤から……相澤?どうした?」

 真っ青になって目を見開き立ち尽くしていた相澤が俺の呼びかけにハッとしたように口元を隠し、くるりと踵をかえして背を向けた。あきらかにおかしな様子に再度「相澤?」と声をかけると相澤は「他の部屋を」と言いつくろうように返してきた。喉が引き攣ったみたいに震えた声。さっき見えた顔色の悪さといい大丈夫か、こいつ。

「調べなおしましょう。他の部屋、と、もう一度……今まで見てきた部屋も、念のために。他の脱出方法があるかもしれない」
「他の脱出方法って、それは先にここに書かれてるミッションを試して駄目だったらでいいだろ。手間のかかる内容じゃないんだし、その方が合理的だぜ。あ、もしかしてあれか?好きなやつ知られるのが恥ずかし」
「先輩には関係ないでしょう!!」

 茶化すように肩に置いた手を怒鳴り声とともに叩き落とされ、心臓を殴られたような鈍い痛みに言葉を失った。
 関係ない。そりゃあ、相澤からしたらそうだ。ただのせフレの分際で好きなやつがどうこうなんて状況がどうあれ口に出すべきじゃなかった。
 気まずい沈黙。相澤の少し乱れた小さな息遣いが耳を刺す。

「……悪かったな。まあ確かに、脱出方法じゃなくても犯人の手がかりやどんな個性かを絞り込むための考察材料になるものが見つかる可能性だってある。少し休憩してから改めて探索しよう」

 冷静さを欠いている状態では何があってもそれこそ見落としてしまいかねない。俺は水でも持ってくるからお前はここで休んどけと幽鬼のような相澤に指示を出してベッドルームを後にした。
 そういえば相澤に先輩って呼ばれたの何年振りだったかなとどうでもいいことを考えて胸の痛みから目を逸らす。俺には関係ないんだから、傷ついた顔なんて絶対に見せるわけにはいかない。