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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 俺が心操に告白したのは中二の夏休み前だった。
 万が一上手くいけば海とか夏祭りとか花火大会とか、一緒に宿題するって口実で家にだって誘えるし、それにふられても長期休暇で顔を合わせることがなければ気まずさは多少軽減される。かもしれない。いや、俺は好きな子にふられて夏休み程度の時間で癒されるメンタルしてないけど。それどころか断り文句によっては二度と立ち直れないレベルの傷を負いかねないけど。少なくとも心操にとっては告白してきた友人と翌日から同じ教室で今まで通り仲良くしましょうって言われるよりよっぽどマシだろう。
 そんな重ための恋心と打算とネガティブな配慮によって決行された俺の告白に、心操は都合のいい夢かと思うほどあっさりと首を縦に振った。

「いいよ。付き合おう」

 ただ俺の恋人だって知られたらきっと市井にも悪い噂がたつから秘密にしてくれと条件を付けられ、俺はその申し出を不思議に思いつつ素直に頷いた。

「秘密にするのはいいけど心操が悪口言われてたら俺は怒るよ。迷惑かけないようにするからそれは許してね」

 そう告げた俺に心操は一瞬驚いたように目を見開きそれからくしゃりとした笑みを浮かべた。
 不器用に笑う心操が可愛くて、でもいつか一点の曇りもない笑顔を見てみたいと━━否、恋人になれたのだから自分が笑顔にさせてみせるとひそかに心に誓ったあの日。
 あの日から月日が過ぎ、俺と心操は秘密のお付き合いを継続したまま高校生になった。二人揃って雄英の普通科だ。ただし心操はヒーロー科に落ちて仕方なく、俺は心操と同じ高校に入りたくて必死に。
 進路を聞いたときからずっと口ではヒーロー科受験を応援すると言ってきたが、正直いって心操が落ちたと聞いたときにはほっとした。付き合って最初のうちはなんてことないと思っていたが関係を秘密にしたままじゃ二人の時間をつくるのは意外なほどに難しい。なにせ話していたって遊ぶ計画を立てていたってどうしても友人が間に入ってきてしまうのだ。ちなみに告白前考えていた夏らしいイベントもすべて友人たちに阻まれ一年目も二年目も二人きりで楽しむことはできなかった。ファッキュー。
 関係を隠しつつなんとか一緒に過ごしたいと思ったらせめて同じ高校、同じ学科になるのは必須で、俺にはヒーロー科に入るポテンシャルなんてないから心操が普通科にきてくれないとそれは叶わないことだった。
 恋人が志望する学科に落ちて喜ぶなんて我ながらひどいやつだと思う。こんなだからきっと心操は俺の傍にいることを望んでくれないのだろう。
 二年近く一緒にいてもいまだにどこか憂いを帯びた笑みしか見せてくれない、受験の前だって志望校を合わせようなんて話もしてくれなかった恋人を思い浮かべてハアと溜息を吐く。気持ちは仕事と私どっちが大事なの!?ってやつだ。困らせたくないし答えがわかりきってるから口にしたりはしないけど。
 こんなことならあのときふられていたほうがお互いにとって良かったのかもしれない。楽しかった思い出を否定するつもりはないが、心操のことを好きだからこそつらかった。
 俺は俺が想うほど心操に想われていない。それでもなんとか猶予はできた。同じ高校、同じ学科、同じクラスになって俺の恋は延命された。まだ頑張れる。いまはまだ俺ばかりでも卒業までの三年間でもっと好きになってもらえばいい。後悔したって俺から別れを告げるなんて選択できるはずがないのだからとにかく頑張ろう。
 そう自分を奮起させていた矢先、心操が体育祭を機にヒーロー科への編入を狙っているという噂を耳にした。直接聞いたのではない。クラスメイト経由で耳にしたのだ。そんなバカないやでもまさかと慌てて本人に確認すると「決まるまで黙ってようと思ってたのにバレちゃったんだ」とこともなげに言われ、俺は「市井にバレたならもう隠さなくていいか」とその足でヒーロー科へ宣戦布告に向かった心操をあっけにとられたまま見送った。
 恋人といったってしょせん他人でしかない俺には心操の進路に口出しする権利などありはしない。だけど、他人であっても恋人なのだから道を分かつつもりなら誰より先に心操の口から教えてほしかった。
 心操にとっての俺の存在意義がわからない。ああ、これはもうダメだな、と思った。

***

「編入できるかはまだわからないんだけど、イレイザーヘッドに特訓してもらえることになった」
「へぇ、すごいじゃん。心操、体育祭でもすごい活躍したもんなぁ」

 体育祭が終ってしばらく、昼休みにわざわざ呼び出されてこれから放課後や休日に時間をとりづらくなると告げられた俺は、ついにきたかと前もって考えていたセリフを笑顔で返した。あの日、もうダメだと思った日から何度も何度もイメージトレーニングを繰り返してきたおかげで不自然さなどかけらもないだろう。大丈夫。うまくやれば別れ話になったってそのままさらっと良き理解者、良き友人のポジションにシフトすることができるはず。大丈夫。最初から駄目でもともとだったんだ。駄目になったってもともとに戻るだけ。
 大丈夫大丈夫と心の中で念じ、照れくさそうに頭に手をやり視線を地面に落としている心操に「会えなくなるのは寂しいけど応援するから頑張れよ」とエールを送る。

「ありがとう。あの……それで、さ」
「ん?」

 呼び出した要件は話し終えたはずなのにまだなにか煮え切らない様子でもごもごしているということは、やはり本題は別れ話なのだろう。しっかり覚悟を決めてきてよかったと笑みを湛えたまま心操の言葉を待つ。

「あの……中学のときは色々言われてたし、いまも、これからもそういうこと言うヤツはいるんだろうけどさ。少なくとも今のクラスはみんないいやつらだし、俺がヒーロー科に入って、ヒーローになって、個性を正しく使って活躍すれば悪い噂とか減ると思うんだ。もっと認められるようにいっぱい頑張るし、市井が俺のせいで悪口言われてたら俺もちゃんと怒るから、だから、えっと……言ってもいい、か?市井と、その、恋人だって」
「…………ん?」
「っいや、時間取れなくなったらそのぶん学校で話ししたいじゃん?でも中学のときのこと考えたら周りに黙ったままだと他のやつに邪魔されそうだし言うなら株が上がってるうちに言っといたほうが受け入れられやすいんじゃないかなァってさ。市井が嫌ならやめとくけど、そしたらなかなか会えなくなるから」
「え?別れ話じゃ」

 なかったのと最後まで言い切る前に、溢れるように言葉を口にし続けていた心操がぴたりと動きをとめて「わかればなし?」と意味が理解できないといった表情でその音だけをなぞった。
 なんだなんだ。なにかおかしいぞ。なんか俺、とんでもない早とちりを。

「……俺、市井と別れるつもりなんてないのに、なんで。最初から別れ話だと思ってたのか?あれ、じゃあなんで。なんで、笑って、応援するって、がんばれって、なんで?」
「えっあっごめん心操!ごめん!」
「なんで謝んの?な、なんで……がんばったのに、俺、市井と付き合ってるってちゃんと言いたくて、本気でヒーロー志望してるんだって周りに認められれば俺の個性のせいで陰口言われるのとか、気にしないで付き合えるって、おもって、俺、が、がんばって」
「あーそうだったんだ!?マジかよ気づかなかったわ先に言ってよそれ!!」
「言ってダメだったらかっこわるいだろ……!」
「そういう理由〜!?」

 心操全然俺に関心なさそうだし会う時間なくなったらサクッと切られるんだろうなと思って覚悟決めちゃってたんだよごめんね別れたくないですいますぐ手ェ繋いでみんなに言いふらしにいこうと早口で捲し立てて自分よりでかい体を抱きしめる。俺が悪いのか心操が悪いのかはぶっちゃけ五分五分な気がするが泣かれたら勝てない。負けイベだ。
 抱きしめる腕にぎゅっと力を込めてぼさついた薄紫の髪を撫でまわすとジブリみたいな大粒の涙をおっことしていた心操はおずおずと俺の背中に手を回しぐずぐず鼻を啜りながら「いますぐは嫌だ」と甘えるような拗ねた声で囁いた。かわいい。信じられるか?これ俺の恋人です。

「心操がかわい〜……見せつけてェ〜……」
「別れるつもりだったくせに」
「ごねて面倒臭いやつだって思われたくなかったからね!言っとくけど心操が俺のこといらないって思わない限りはなにがなんでも別れないよ俺は」
「……ハハッ。じゃあ一生だ」

 涙声で肩を揺らして笑う心操がどんな顔で笑ってるのか気になったけれど、少し迷ったあとやっぱりいまは体を離さず抱きしめ続けることにした。一生一緒にいられるなら笑顔を見る機会はたくさんあるのだから問題ないだろう。
 悲しませて泣かせるのはこれが最後。心操が俺のそばではいつだって幸せに笑えるように、今度は俺が頑張る番だ。