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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 出られない部屋、というのはここ数年でちらほら耳にするようになった都市伝説だ。なんでもふと気がついたら見知らぬ部屋に閉じ込められていてメモや放送で指示されたミッションをこなさなければ絶対に出ることができないのだという。与えられるミッションの内容は腹筋十回という簡単なものから指を切り落とすという血生臭いものまで多種多様らしいがいかんせん噂が錯綜しているためどこまでが本当のことはわからない。というか、そんな個性のやつがいて度の過ぎたイタズラをしていてもおかしくないから一応情報を収集しているというだけで俺はその出られない部屋とやらは十中八九ただの都市伝説だと思っていた。誰かが夢で見た内容に尾鰭がついて広まったとかそんな感じだろうと。
 そして、それは間違いだった。断言できる。なぜなら今まさに俺自身が件の出られない部屋に閉じ込められている真っ最中だからだ。
 このリアルさはただの夢ではありえない。

「この……吸い込まれるような柔らかさ……もちもち具合……夢なんかで再現できるはずがねぇ……!」
「やめ、やめぇや、ちょ、っと、あっ、コラ!」

 ええかげんにせんとファットさん怒んで!と怒っているというよりは困っているような顔でファットガムが抱きついて肉を揉む俺を剥がしにかかる。ひどい。脂肪吸着が個性のくせにファットガムは俺に対していつもこうだ。ヴィランにするみたいに窒息するまで沈めてくれてもいいと思ってるくらいなのに沈めるどころか他のやつにするみたいに肩を組んだりといった気軽なスキンシップすらしてくれない。誰にでも気さくなファットさんはどうした。たぶん嫌われてるんだろうな。知ってる。悲しい。
 これでもファットの俺と周囲に対する態度の差のに気づいてしばらくのうちは関係を改善させたくていろいろと頑張ってみたのだ。馴れ馴れしくするのをやめてみたり話すときは他のやつをあいだに挟むようにしてみたり。けれど努力すればするほどファットとの仲はぎくしゃくして、ついには周りのヒーローたちから有事の連携に支障が出るからどうにかしろと言われるくらい、普通の会話すらまともにできなくなってしまった。そうしてぎりぎりのところで回っていた歯車がギシギシと音をたてて狂いだしているような崩壊を予感させる嫌な感覚に慌てた俺はくるっと手のひらを返して元通りの道化を演じることにしたのである。
 俺の方針転換が功を奏してかファットガムは安堵半分やりづらさ半分といった様子で以前のように表面上は普通に話をしてくれるようになった。つまり軽ーい塩対応だ。
 なにも改善していなくてつらいものの、俺は今日も今日とて嫌われているのを知らないふりでぐいぐい距離をつめまくっている。そうしないとファットがビジネスライクですら俺と仲良くやってくれないのだから仕方がない。好きな人に好かれようと努力することすらできないなんて俺はどんな業を背負っているというのだろう。

「…………なあ。自分ファットさんと違って細いんやからもうちょい離れられるやろ?もっと端のほう寄りィ」
「無理。ふざけてんじゃなくて真面目な話ね。部屋が狭すぎてこれが限界」

 ぴったり壁にはりついててこれだぜと端的に状況を伝えるとファットは冗談キツイわァと言いながらもぞもぞ後退しようとして失敗し乾いた笑いをこぼした。嫌いなやつと強制至近距離で密室監禁とか本当に申し訳ないね。でも俺も嫌われてるってわかってる好きな人に嫌がられながらのその状況だからおあいこってことで許してほしいな。

「これってアレだろ?都市伝説の出られない部屋。そこの壁にミッション書いてあるしさっさとクリアして脱出しようぜ」

 窓も何もない殺風景な部屋の壁にはご丁寧に視力検査の一番大きいやつくらいのでかさのわかりやすい文字で『連続十回あいこが出るまで出られない部屋』と書いてあった。聞いたことのあるミッションの中でも最高レベルに簡単なうえ短時間で済ませられる内容なのが不幸中の幸いだ。はじめこそ関西出身のファットと掛け声があわないというちょっとした事故があったがミスをしてはいけないというルールがあるわけでもなし、そこからはお互い出す手をグーに示し合わせてジャンケンと声をかけ淡々とあいこを出していく作業ゲーになった。面白みもクソもない。

「そういやさ」
「なんや」
「ファットってなんで俺のこと嫌ってんの?」

 七回目のあいこを成立させたとき世間話をするのと同じトーンでそう尋ねた俺にファットがハ、と肺から息が漏れただけみたいな声をあげてぴたりと止まった。

「……は?え?なに、なんでそんなこと」
「いや、どうせ夢なんだから聞いとこっかなって」

 嘘だ。俺はこれが夢ではないと確信している。たぶんファットだって同じだろう。ただ面と向かってこれを聞く機会はきっと今しかなくて、そして今後のためにはそういうことにしておいたほうが都合がいいというだけ。嘘も方便とはよくいったものだ。

「アホ言いなや!俺はべつに嫌ったりなんかしとらん!」
「嘘つかなくていいよ。嫌いなりにうまくやろうとしてくれてるのはわかってるし。だから責めるとかじゃなくてさ、理由があるなら知りてぇじゃん?」

 話しながら手を振ってジャンケンを続ける。ファットも動揺しつつ振り遅れることなくしっかりグーを出してきた。八回目。

「っ……勝手に話すすめんといてくれるか!?嫌ってへんて言うとるやろ!」
「それにしちゃ態度があからさますぎるんだって。俺にだけ触ろうとしないしなにかと距離とろうとするし」

 俺の指摘を受けサッと顔色を悪くして言いよどむファットに「夢でくらい理由教えてくれてもいいでしょ」と再度方便を強調する。そしてジャンケン。九回目。

「ファット」
「……────、から」
「なに?聞こえなかった」
「せやから、それは嫌いなんちゃうくて……俺太っとるから、あ、汗とか、かくから」
「……うん?」

 しどろもどろに言葉を紡ぐファットの言葉に耳を傾けてその意味を考えてみるがイマイチぴんとこない。汗や体臭のために近づかないようにしているのだとして俺にだけというのはおかしいだろう。初対面の相手に対しても距離感バグってんのかと思うほどフレンドリーにスキンシップをかますのがファットガムという男だ。汗を気にして人と距離を取るような性格のやつなら最初から悩んでなどいない。

「その理由で俺にだけああいう態度ってのは苦しいんじゃねぇの?」
「ッせやかて俺はホンマに!お、俺は、」

 嫌いやなくて、俺は、市井やから。
 眉を寄せて建前はいいから本音を聞かせてほしいと言おうとしたとき、ファットが大きな目を涙で潤ませてそう言った。悪かった顔色は頭に血が上ったように赤くなっていてのぼせたみたいになっている。そしてそれを目にした瞬間俺はふと思った。これはまるで。
 まるで、照れているみたいだ、と。

「……ジャン!ケン!」
「はあァ!?おまえこのタイミングでそれする、か……?」

 突然のジャンケンコールに騒ぎながらグーを出したファットが指をすべて開いた俺の手を見て固まった。
 素直にグーを出したファットに対して俺が出したのはパー。これで十回目のあいこは不成立になった。十回連続というミッションをクリアするためには一からやりなおす他ないだろう。

「……いやあいこにせな出られへんやん」
「ごめんもうちょい二人だけで話したくなった」
「夢で話しても意味ないやろ」
「これ現実だから、大丈夫大丈夫」

 大の大人、ヒーロー二人がジャンケンの手を出したまま向かい合ってぼそぼそ喋っているのははたから見たらなかなか奇妙な光景だろう。握られていても大きな拳を開いた手で包むようにそっと触れる。お互い口を開かずしばしの沈黙が流れるあいだにファットの体温がジワリと上がった気がした。
 さきほど俺に抱き付かれて平気そうな顔してたファットが本当はどう思っていたのかとか俺がちょっと素っ気なくなったときどう感じていたのとか俺はファットからする汗とたこ焼きだかお好み焼きだかのソースがまじったにおい大好きとか聞きたいことも言いたいことも全部ぶちまけたらそのとき改めてジャンケンをはじめよう。
 これが夢だというのなら部屋を出た後もう一度。いや、何度だって話せばいい。いままで気づくことができなかったけれど、話し合いは俺とファットが望むならジャンケンみたいに簡単にできる最もシンプルな解決方法なのだから。

「話をしよう、ファットガム」

 狭い部屋のなか居住まいを正して向き直る。
 話をしよう。
 二人きりで腹を割って、今までとこれからの話をしよう。