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喧嘩別れとはいうが実際のところあれは喧嘩でもなんでもなかったように思う。
自分が甘えて、甘えすぎたから、度重なる理不尽な扱いに人のいいジョウゴも愛想をつかしたというだけのシンプルな話。
恋人になった後とはいえ愛情らしい愛情も示さずこちらの都合や機嫌ひとつで振り回していたら、そりゃあ嫌にもなるだろう。
理性ではそう納得しているのに事実を受け入れられなかったのはジョウゴがひどく優しい男だったからだ。
愛の言葉に振り返りもせず素っ気なくしてもわずかに染まった耳の色に気づいて察してくれた。
なんでもない日にネズの好物ばかりを並べておかえりと迎えてくれた。
ジムの運営で悩んでいるときは黙って手を握っていてくれた。
ネズとて付き合い初めのころはもう少しまともだったのにジョウゴはそのまともさを嘲笑うように甘やかしてきた。
兄として、ジムリーダー として、甘えが許されない環境にあったネズの小さな甘えを許し、許し続け、弱さを肥大させ、依存させてあっさり捨てた。
関係が破綻したのは自分のせいだと理解している反面こんなふうになったのはジョウゴのせいなのにと恨む気持ちも捨てきれず毎日毎日苦しんだ。
その苦しみは、きっとジョウゴへの甘えの延長だった。
ネズが理不尽に恨んで罵ってもジョウゴなら許してくれるのではないかと心の底で期待していたのだ。
そんな生産性のない期待を一つ一つ丁寧に潰す作業を一年近くずっと続けてきた。
時間はかかったが成果はあった。
痛みは徐々に薄れ、最近では起き抜けの寝ぼけた頭でジョウゴの存在を探すこともなくなった。
もう大丈夫。
忘れられる。
無駄な期待などせず、諦めることができる。

そう思っていたある日、ライブの熱狂の中にジョウゴを見つけた。
別れてから一度も来ていなかったはずだ。
それはジョウゴがまだネズに対してなにか思うところがあるという証明で、ネズはそのなにかが何であれ忘れられるよりマシだと思っていて、それなのにどうして今更。

ーー吹っ切れたのか。
ーー平気でライブに顔を出せるくらい。
ーーおれのことなんて、もう、どうでもよくなったのか。


大丈夫なはずだった。
忘れられる、はずだった。
しかしはっきりと目があったその瞬間ガシャンとどこかで何かが割れる音がして、ネズは殺したはずの胸の痛みが一瞬で甦るひどい絶望に息を呑んだ。