寄港した島の裏路地で一匹の猫を見つけた。 潮風のせいで本来艶があるはずの黒い毛がぼさぼさになってしまっている目つきの悪い猫だ。 神経質そうにこちらを睨むくせに手を差し出せば寄ってくる様がとある人物を彷彿とさせて、つい笑みが漏れた。 野良猫らしく引き締まった背を撫でてみると見た目通りごわついた毛は意外に柔らかくて手になじむし太陽の熱で温もった身体は暖かい。 怖い顔をしているわりにニャアと鳴いた声は甘えるようなトーンの高さで、誘われるまま屈んだ膝に抱き上げ額や鼻先にキスをする。 さすがに引っかかれるかと思ったのだが猫は人慣れしているのか警戒心の欠片もなく喉を鳴らすだけ。 「お前は甘え上手で可愛いなァ」 あの人もこのくらい甘えてくれればいいのに、と必要以上の接触を良しとしない恋人に思いを馳せながら猫を撫でまわす。 べたべたとした関係は端から期待していなかったが、それでも素っ気ない態度に不満がないといえば嘘だ。 できることならこの猫にするみたいに腕に抱き込んで撫でたりキスしたりしてみたい。 まあ鬱陶しがられて嫌われたら大変だし強要するつもりはないけれど。 「いい子だ……かわいい、愛してるよ」 やすりのような舌で顔を舐める猫に恋人には伝えられない甘ったるい言葉を吐く。 すると猫はおれの言っていることがわかっているかのように目を細めた。 ごろごろ、にゃあ、ごろごろ、ざりざり。 そんなふうに全身でわかりやすく上機嫌を表す猫に半ば心を奪われていたおれは、背後に迫る人影にまったく気づくことができなかったのだった。 「おい」 腕の中のぬくもりが唐突に消え失せ、代わりに現れた石ころのようなものを確認する前にぐいと腕を引っ張られる。 振り向いた先には、鬼がいた。 |