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「おい、紅茶」
「ごめんクロコダイルさん今ちょっとマジで手ェ離せないから。明日までに終わらせなきゃだからほんとごめん」

安っぽい木の扉が開く音とともにクローゼットの中から現れたのであろう男には目もむけず一心不乱にシャーペンを動かし続ける。
ひょんなことから交友関係を持つこととなった異世界の客人、サー・クロコダイル。
いつもなら手厚くおもてなしするところだが今のおれは数学の答えを埋めるのに必死なのだ。
クロコダイルに構う余裕はない。

「そいつは……確かひと月以上前から手をつけていたはずだが?」
「うん、でも三分の一くらい終わったあたりで力尽きて放置してた。まだ英単語の書き取りとかもあるから今日は徹夜になると思う」
「バカヤロウ」

素っ気ない態度にずかずかと土足でフローリングを歩いてきたクロコダイルはおれの手元を覗き込むと心底呆れたようにそう言って左手の鉤爪を頭に落とした。
コツリという軽い音が気に入ったのかノックするように数度おれの頭を叩いて哂うクロコダイル。
ぶっちゃけ、非常に邪魔である。

「さすが、よく響く。中に何も詰まってねェだけのことはあるな」

痛いしめちゃくちゃ失礼だが今は振り返って抗議する時間すら惜しい。
ひたすら耐えて黙々と手を動かしていると、ふと空気の揺れる感覚がして葉巻の香りが遠ざかった。
帰ってしまうのか。
お茶は出せないし相手もできないけど、今回はいつもと比べ少し間のあいた訪問だっただけにちょっと寂しい。
こんなことなら親の言うことを聞いてさっさと終わらせておくんだったと後悔しながらページをめくる。
丁度製本の糸が見えたからあと半分……本気でキツいな。
クロコダイルを帰らせた揚句明日提出できなかったら間抜けすぎると集中力を高めて機械的に答えを写していると、どのくらいの時間がたったのか、唐突にクローゼットが開いた。
あまりの乱暴さに一瞬爆発でもおきたかと思い反射的に振り向くと扉が全開になったクローゼットからはクロコダイルのものとおぼしき長い足が覗いている。
どうやら扉を蹴り開けたようだ。
そう理解したと同時にザッと血の気が引いた。
もしこのクローゼットが壊れたら二度と会えなくなるかもしれないのに、手荒な扱いはよしてほしい。

「ちょっとクロコダイルさん!なに……」

なにしてるのさと声を荒げようとして、露わになったクロコダイルの姿におれは口を開いた間抜けな表情まま固まった。
右手にはティーポット、左の鉤爪にはカチャカチャと音を立ててぶら下がっている二つのカップ。
まさか。

「そういうもんは休憩しねェと能率が落ちるだけだ」
「…………紅茶?」

冷房の効いた部屋に持ち込まれたものは間違いなくティーセットだった。
それも、おれがクロコダイルに出すときに使うのより数段高価そうなやつだ。
ふてぶてしい表情でガチャリと机にポットを置くクロコダイルに唖然として「クロコダイルさんって紅茶淹れられるんだ」と呟く。
小学生のころに出会ってから今に至るまでクロコダイルが自分で紅茶を用意するところなど見たことがなかったので勝手に淹れられないものだと思い込んでいた。
いやしかしそういえば、おれが初めて淹れた紅茶に「まずい」と顔を顰め正しい手順を教え込んだのはクロコダイルである。
教えられるほどに詳しいのなら淹れられるのは当然だろう。

「他人に任せて毒でも盛られちゃかなわねェからな」

慣れた所作でティーカップに紅茶を注ぎながらそう鼻を鳴らすクロコダイルに、少しの間をおいて頬が熱くなるのがわかった。
クロコダイルは月に二度のペースでこちらに現れ、そのたびにおれに紅茶を淹れろと要求してくる。
おれの用意したものを無警戒に口に含むというのはつまり、おれはクロコダイルに信用できる人間として認められてるってことか。

「……?どうした」
「……ん、なんでもない。これ飲んでがんばるから、適当に寛いでて」

ありがとうと言っても、きっと自分のついでだと返されるだけだろう。
おれがするべきなのは礼を言うことじゃなく残った宿題を片付けること。
そして次にクロコダイルがこちらへ来たときには、おいしい紅茶で迎えてあげることだ。
尊大な態度で俺のいれた紅茶を飲み干すクロコダイルを脳裏に描き頬を緩める。
夏休み最後の日、馴染み切っていた不思議な関係がほんの少しだけ変化した。