「勤務中に酒とはいい身分だな」 クロコダイルの皮肉げな声を聞き、カジノレインディナーズの一室に設置された革張りのソファーで堂々と酒を呷っていた男が顔をあげる。 「いじめないでくれサー・クロコダイル、愛しい人!俺は酷いあがり症なんだよ。酔わなきゃ貴方と目も合わせられない」 ほら手なんてこんなに冷たくなってる、と演技がかった動作でクロコダイルの右手をとる男、アルバはレインディナーズに勤めるディーラーだ。 多くは笑顔で無一文まで毟り取りごく稀には目もくらむような大金を。 日々人の運命を左右し翻弄するアルバがあがり症とは、なかなか愉快な冗談である。 常であれば機嫌を損ねるどころか殺されてもおかしくない言動にクロコダイルはクハ、と小さく笑って重ねられている手を握り返した。 「そう緊張してくれるな。おれはこれでもお前のことをそれなりに気にいってるんだ」 「うれしいよ、サー。でも俺は知っての通り臆病者なんだ。どうせなら言葉じゃなく態度で示してほしいな」 アルバがクロコダイルの右手を持ち上げ恭しくキスをする。 酒で濡れた唇の感触が離れたあと肌に微かに残った紅にクロコダイルは眉をピクリと動かした。 「ん……ああ申し訳ない。午前中に勝たせてやったマダムが少し、ね」 胸ポケットから出したハンカチに酒を浸し、優しく手の甲を拭うアルバに腹の奥から不快なものがこみ上げる。 てめェの口でも拭いてろと怒鳴りたくなる衝動を抑えてクロコダイルは舌打ちした。 大概の人間はそれだけのことで天が降ってくるかのごとく怯えるというのに、アルバはあからさまに不機嫌になったクロコダイルを気にする様子もない。 このまま全身の水分を奪い尽してやったところで、嘆きも喚きもしないだろう。 アルバはそういう男だ。 「サー?」 まるで『俺は貴方を心配していますよ』と訴えるように、アルバが態とらしく顔をのぞきこんできた。 とんだ大根役者だと嗤ってやろうとするのにアルバの瞳の中のクロコダイルの表情はしかめっ面から動こうとしない。 初めて見た時から変わらぬ温度を感じさせない砂色の瞳と軽薄な立ち振る舞い。 そこを気にいっているのだというのに日に日に募るこの不気味な苛立ちはなんだ。 右手を顔面に近づけても案の定顔色一つ変えないアルバの頬を掴み、乱暴に引き寄せる。 近くで見るとはっきりわかる口紅の色がクロコダイルの不快感を一層煽った。 「サー、どうし、」 「うるせェ」 言葉を不必要なものとしたも態度で示せと縋ったのもアルバなのだから黙るべきだ。 クロコダイルはまるで八つ当たりのように赤い唇に噛みついた。 |