「アルバ、来い」 「いやおれは、あー、今から晩飯の準備が」 「アルバ」 あまりの不機嫌オーラに圧され言い訳しつつじりじりと距離を開けていたのに鋭い目で睨まれた途端左手の腕輪がグンと引っ張られた。 キッドが能力を使ったのだ。 ゴツめの腕輪はある日突然キッドから投げてよこされたもの。 プレゼントだと浮かれて何も聞かず身に着けたおれも馬鹿だったが鍵がないと外せない鉄製の腕輪を渡して装着を見届けた瞬間目の前で海に鍵を投げ捨てたキッドはとんでもない外道だと思う。 「来いっつってんだ手間とらせんな」 溶接されたようにしっかりとキッドに張り付いてしまった腕輪を見てため息を漏らす。 能力を使われてしまえば最早逃げることは不可能だ。 情けなく顔を歪めながらキッドに引きずられていくおれを見て「優しくしてもらえよ」とはやし立ててくる勘違い野郎共に返事がわりの中指を立てる。 そういう展開になるならむしろ大歓迎だってんだよクソッタレ。 「"反発"」 「――ッ!」 部屋に入るなり腕輪ごと体を弾き飛ばされ、受け身をとる間もなくベッドに叩きつけられた。 おれは頑丈だから別段問題ないが毎度こんな扱いをしていてはそのうちベッドのほうが壊れてしまいそうだ。 そんなことを思う間にキッドがコートを脱ぎ捨ててベッドに膝を乗せた。 それ以上動くことなくじっとこちらを見つめるキッドに向け、腹を括って両手を広げる。 間髪容れず胸に飛び込んできたキッドが大きく息を吐いたのを確認し、ぎこちない手つきで頭を撫でると一層密着する素肌。 もっと、と強請る声が情欲を伴うものならおれは諸手をあげて喜んだだろうに、そうではないと知っているからとても複雑な心境だ。 アルコールとそれを上回る血の匂いからして大方出向いた酒場でワンピースを見つけて海賊王になるという野望を笑われでもしたのだろう。 周囲には体裁があるため「愚痴の聞き役になっている」ということにしているが実際のところキッドは夢を馬鹿にした相手を容赦なく殺した後いつもこうしておれをベッドに連れ込み、腕に抱き込ませて眠りにつくのである。 平然と残虐な行動をとる割に変なところで傷つきやすいキッドが躊躇なく身を預けてくるのは素直に嬉しいし、付き合いの長いキラーや他のクルーではなくおれを選んでくれることに優越感を持ったりもする。 しかし惚れている相手の無防備な姿に煽られながら悶々と過ごさなければならないこちらの身にもなってほしい。 インペルダウンも真っ青の拷問だ。 「……ん?キッド、どうした」 心を無にしてひたすら目の前で揺れる赤い髪を数えているとキッドが懐くように首元に擦り寄ってきた。 一旦腕の中に収まってしまえばあとはおれに撫でられるがままのキッドが自ら動くのは非常に珍しいことだ。 何かあったのかと不思議に思い声をかけるとキッドがのそりと顔を上げた。 怒りより焦りや不安を強く感じるその表情は、まるで親に縋る子供みたいでおもわず瞠目する。 「キッド?」 「……なんでテメェは、」 聞き取りづらい声でもごもごとなにかを呟いたと思ったら「嫌がってんじゃねェよバーカ」と拗ねたように悪態をつき、またすぐ顔を埋めてしまったキッド。 キッドが健全な抱き枕でいられるのはおれの努力の賜物だというのに、何と酷い言いぐさだ。 「……バカヤロウ」 再度零れた罵声の意味に気づかず機嫌をとるように腕に力を籠めなおす。 据え膳を逃し続けていると知らないおれはこうして今日も一人孤独な戦いを繰り広げるのであった。 |