いつも通りの軽口を交えたビジネスの話が終わり、じゃあこのへんでお暇をと腰をあげた瞬間ざらりとした砂が足を通り過ぎた。 水分を奪われたのだと気付いたのは萎えた足が体重を支えきれず床に崩れ落ちて襲い来る鈍痛に歯を食いしばった後だ。 いかに長い付き合いとはいえ、海賊相手に気を抜き過ぎていたことを今更ながら自覚する。 「どういうつもりです、ミスター」 「……さて、な」 低い声で説明を求めるおれを歯牙にもかけずクロコダイルは銜えていた葉巻を手にとってぷかりと煙を吐き出しながら優雅に組んだ足をおれの背中に乗せた。 なんの違和感もなく人間をオットマン扱いするふてぶてしさに怒りより呆れが先に立つ。 というか、なんで殺さないんだ。 てっきり存在が邪魔になったとかそういう理不尽な理由で命を奪われるものだと思って覚悟したんだが、違うのか? 「おれは何か貴方を不快にさせるようなことをしてしまったかな」 足を乗せられて以降なんのアクションも起こさないクロコダイルに焦れて口を開くも帰ってくるのは沈黙ばかり。 それなのに腕に力を込め起きあがる素振りをみせると即座にクロコダイルの足にぐっと抑えつけられる。 そんなことを何度か繰り返した後このあとも予定がつまってるから何もないなら勘弁してくれと眉を下げるとようやくお許しが出た。 舌うちとともに葉巻をにじり消したクロコダイルに肩を蹴りあげられ、尻もちをついたおれの目の前に水の注がれたグラスが差し出される。 「飲んだらさっさと帰れ」 あまりの言い草に思わず「貴方が引きとめてたんだろうに」と詰るような口調になった。 グラスを受けとっているためクロコダイルの右手はすぐにでもおれを捉えられる位置にある。 ギロリと睨みつけられ今度こそ殺されるかと身構えたものの、クロコダイルは再度舌うちしただけで視線を逸らし背を向けた。 その行動からクロコダイルの心境を推測すると怒っているというよりバツが悪いといったところなのだろうが、さて。 「……クロコダイル」 ミスターではなくクロコダイル。 ビジネスパートナーから恋人としての呼び方に改めたおれをクロコダイルは振り返らない。 しかし聞こえているのに返事をしない時点で意識していることは丸わかりである。 「飲んだら帰れということは、水を飲まなければここにいてもいいのか」 苦笑しながら発した言葉にクロコダイルの肩が揺れる。 互いに多忙なものだから努力しない限りプライベートな時間はないも同然で、それでもクロコダイルは寂しがるような素振りを見せたことがなかったから恋人とはいえ二人の関係はそんなものなのだろうと諦めていた。 だがクロコダイルがそう思っていないのなら話は別だ。 「予定が、あるんだろうが」 「お前が構わせてくれない時間を埋めるための予定だよ」 構っていいというなら構うまで。 おれはお前が思うほど淡白な人間じゃないんだと笑うのと砂に攫われたグラスが壁に叩きつけられるのはほぼ同時のことだった。 |