「ほらァ、アルバ。月が綺麗だねェ〜」 見てごらんよォ、と震える声が耳に響く。 真っ暗なのは月明かりのない夜の闇に包まれているからだと思っていたけどそうじゃないらしい。 瞼が閉じているせいか、それとももう目が使えなくなっているのか。 どちらにしても致死量の血を失って虫の息であるおれにボルサリーノの言う『綺麗な月』は見れそうになかった。 ボルサリーノが繰り返しおれの名を呼ぶのを聞きながらぼんやりと今までのことを思い出す。 平和な日本に生まれ、なんの因果かこの世界に迷い込んで、海兵のおっさんに拾われてその背の正義に憧れを抱き自身もその道を進むことを選んだ。 ボルサリーノとは海軍に入った直後からなんだかんだと腐れ縁が続き、互いの立場が変わっても隣にいることが当たり前って仲で。 ああ、おれはきっと、ボルサリーノのことが好きだった。 「……月が、綺麗だねェ」 再度そう呟いたボルサリーノに、お前それ告白だぞ、と心の中でツッコミをいれる。 この世界の住人であるボルサリーノは当然知らない逸話だろうが日本人であるおれにはアイラブユーにしか聞こえなかった。 定番の返し文句としては「わたし死んでもいいわ」と言うべきなのだろうが、生憎おれはボルサリーノ以上に綺麗に光る月なんか知らないし死にたくもない。 いくら文学人であろうと他人の言葉なんてあてにならないものだ。 「アルバ、月が綺麗なんだよ」 ぽつ、ぽつ、と顔に雫が落ちる感覚。 月が綺麗なのに雨が降るなんてなんとも不思議な夜じゃないか、ボルサリーノ。 「と、まァそういう夢を見てな」 「…………へェ〜」 朝一で家に転がり込んできたと思ったら玄関先で「月よりお前の方が綺麗だ月なんか一生見えなくてもいいからおれが生きるそばでずっと光っていてくれ」と熱烈に告白してきた男になんと返していいかわからず、赤くなった顔をからかわれたくなくてその場にうずくまる。 アルバの語る夢の内容は、どういうわけか昨夜自身が見たものとよく似ていた。 海賊との戦闘のあと、致命傷を負って動かなくなったアルバにひたすら「月が綺麗なんだ」と語りかける夢。 目が覚めたらぼろぼろと涙が零れていて、夢と現実の区別がつかずアルバの姿を探し求めたのはつい三十分ほど前のことだ。 思い出すのも嫌になる最悪な目覚めからの急展開に頭がついてこないのも当然のことだろう。 「おいボルサリーノ、返事は」 「……死んだら承知しないよォ」 こちらの気も知らずに返答を急かすアルバにむかってチカリと一度光ってみせる。 月に敵うはずもない弱々しい光だったがアルバは綺麗だと言って幸せそうに笑った。 |