そういえばこの道だったな。 二人で並んで歩くレストランからの帰り道、変わらない景観に二十年前を思い出して歩調を緩めた。 おい、と諌めるように声をあげたサカズキの手をとり向かい合う。 「……なにを考えちょる」 「なんだと思う?」 意地の悪い返答にピリッと張り詰める空気。 サカズキから滲み出る殺気と間違えられてもしかたのない威圧感に、おれは自分がつけてしまった傷を確信して苦笑した。 前々から感じていたことなのだがサカズキはイマイチおれを信用していない節がある。 二十代のころ惨めったらしく縋りついて恋人にしてもらったのはおれの方なのに、いつか自分が捨てられる日が来るとあり得ない未来を覚悟しているようなのだ。 なぜ、なんて野暮なことを言うつもりはない。 原因は間違いなく二十年前の別れ話だ。 たった一度だけ手放そうとしたおれの弱さがサカズキに拭えない不信を植えつけてしまった。 それだけおれのことを愛してくれているのだと嬉しく思う反面、悲しくもある。 サカズキが受け入れてくれない限りおれがどれだけ愛を叫んだって百パーセントが伝わることはないのだから。 「サカズキ、おれは」 「待て!」 おれはいつだってお前のことを考えてるんだよ。 そう続くはずだったセリフはサカズキの叫喚に掻き消された。 驚いて離した手を逆に掴みあげられ二重に驚愕する。 いくらスキンシップに慣れたとはいえサカズキが自分からおれに触れてくることは滅多にない。 ミシミシと骨が軋むほどの力に加えて喘ぐように繰り返される短い制止の言葉。 待てってなにを、という至極まともな疑問すら聞きたくないとばかりに「まて」で遮られ、おれはやっちまったと天を仰いだ。 場所と話の流れがまずかったのだろう。 サカズキは確実に何か誤解してる。 とりあえず声をかけるだけ混乱を深めそうなので宥める意味も込めて唇を重ねようとしたそのとき、サカズキが力任せにおれを突き飛ばした。 久々の感覚に足元がふらつく。 マグマになる前兆かと慌てて距離をとるがいつまでたってもサカズキが身体を変化させることはない。 つまり今の抵抗は照れたからではなく本気で嫌だったということか。 初めて受ける好意からではない明確な拒絶におれが表情を失うと、サカズキの乾いた瞳が不穏な光を宿して揺れた。 「……これで、終わらせるつもりか」 「なに言って、」 「あのときみたいにキスの一つで……なにがいい思い出じゃ、思い出なんぞなんの足しにもなりゃァせん……!」 吐き捨てたサカズキから肌の痛むような熱が伝わってくる。 どうやら照れではなく怒りによるマグマ化が始まったらしい。 あのとき。 おれがサカズキに別れを告げて、サカズキが自らキスしてくれたあと。 マグマになったサカズキの真意を勘違いして「いい思い出ができた」と強がったあのとき。 サカズキは今をその再現だと思っているのだろうか。 「……お前なァ」 いくらおれを信用してないといったってそれはないだろ、と肩を落として長々とした溜め息をつく。 サカズキと同じ家で暮らすようになって以来ますます調子づき毎度毎度自分でもちょっと引くくらいキスマークつけまくってる独占欲の塊なおれがここまできてそんなもんでいい思い出だなんて笑って別れてやれる聖人に見えるのかと問い詰めたい。 肺の酸素が全てなくなったところでスゥッ息を吸いこみこちらを睨むサカズキに近づいて躊躇いなくキスをする。 顔は素肌のままだから問題ないと踏んだのだが呼吸すると熱せられた空気で喉が焼けそうだ。 両手足がマグマになってしまって下手に動かせないのか身を捩って抵抗するサカズキを追いかけ何度も何度も唇を啄ばむ。 頑なに応じようとしないサカズキに段々苛立ちと悲しみが募ってきた。 もとを正せばおれのせいだということは理解しているので我慢はする。 でも自重はしない。 サカズキはいい加減に観念するべきだ。 「サカズキはおれのこと、嫌い?」 大きく顔を逸らされたタイミングで身を引いていかにも傷ついたように目を伏せればサカズキがびくりと動きを止めた。 「ッ……今更、聞かんでもわかるじゃろうが」 「今更って言うならサカズキがおれの気持ちを疑うのだって今更だろ」 それが精一杯の答えだといわんばかりの震えた声に冷たく答える。 そもそも付き合ってから一度も好きだと言われたことがないんだからわからなくて当然じゃないかと続けると、今まで言葉がなくても意図を汲みとって甘やかしてきたおれの手のひらを返したような態度に瞠目するサカズキ。 きっと頭の中がぐちゃぐちゃなんだろう。 普段より一層眉間の皺を深くして口角を下げるサカズキは本当におれを好いてくれているのだと思う。 だからこそ、口に出して伝えてほしいのだ。 サカズキさえ「好きだ」と言ってくれれば「おれも」と返してやれる。 サカズキを不安がらせないためにも一方通行はここで終わらせたかった。 「サカズキ、好きだよ。おれはお前のことしか考えてないし一生傍にいるつもりだ。サカズキは?おれのことどう思ってる?」 唇をぎりぎりまで近付けて、促すように囁きかける。 すると意外にも間を置くことなく柔らかい温もりが押しあてられ、次いで蚊の鳴くような声が聞こえた。 「あいしちょる」 その瞬間おれは歓声をあげ、サカズキは完全に溶けた。 間違いなく照れ溶けだ。 あまりに至近距離でマグマグされたもんだから当然顔面大火傷だが問題ない。 そんなことよりもサカズキである。 サカズキがかわいい。 わかってたことだけど覚悟が足りなかったというか、もう本当にサカズキがかわいい。 顔を抑えて蹲り悶えながら「おれも!愛してる!」と叫ぶと感じる温度が更に上昇した。 サカズキがかわいすぎて死にそうだ。 色んな意味で。 「……サカズキ、お前明日休みだったよな」 「なにを考えちょるんじゃ」 「んー、なんだと思う?」 海桜石を握らせてから暫く、身体を固体に戻したサカズキと再度歩きだした道の上で似たような会話を繰り返す。 先ほどとは違って呆れたように目を細めたサカズキに満足していると暫くしてトンと肩がぶつかった。 横を見やればサカズキは前だけを向いて歩きながらほんのりと頬を染めている。 まったくもって相互理解とは素晴らしいものだと痛感しながらおれはサカズキの腰を引き寄せた。 |