規律に縛られて生きてきたおかげかそれとも生まれ持っての性格なのか、我らがドレーク船長は自由を愛する海賊にあるまじき堅物である。 常識や道徳なんて海に投げ捨てちまったほうがずっと楽でやりやすいのに、腹の足しにもならないモンを大事に大事に抱え込んで一人で苦しんで立ち向かって。 そういうところに惚れこんで夢に見るまでに焦がれているとはいえ、クソ真面目な相手に同じ男であるおれが恋愛対象として見られるはずもない。 勇気を振り絞って告白したところで、どうせ男所帯で色々溜まってるところに戦闘の興奮やら航海を共にする上での信頼やらが混じって錯覚を起こしているだけだ、とかそんな感じに理路整然と否定されるのがオチだろう。 だから酒の勢いに任せて愛を囁いたのもねっとりとした視線を向けてそういう雰囲気をつくったのもあくまでやけっぱちのうえの冗談で、相手にされるなんてこれっぽっちも思っていなかったのだ。 それが、なんだこれ。 頬から首筋を通り胸元を意味ありげになぞった手。 鬱陶しいと払いのけられる前提だったそれに、瞬きすら忘れて固まっているドレーク船長。 再度言う、なんだこれ。 「……船長?」 反応を求めて声をかけると船長はようやく状況を理解したのか一気に顔を紅潮させ、椅子から勢いよく立ちあがろうとして足を引っ掛け前のめりにすっ転んだ。 とっさに身体を滑り込ませて抱きとめるも酔っ払いががっしりした筋肉質な体躯を支えきれるはずがない。 結局二人して床に倒れ込み、おれは強かに頭を打ち付けてしまった。 アルコールの回った脳味噌に衝撃が伝わり視界がぐわんと揺れる。 涙で滲む向こうに発達した胸筋と引き締まった腹が見えた。 すごい絶景だ。 「あ、す、すまない」 呻くおれを見て慌てて立ちあがろうとする船長の腕を掴み引きとめる。 途端へにょりと下がった眉尻とうろうろと泳ぎだす瞳に少なからずおれを意識してくれたらしいことを知り、普段からは考えられない腰の引けた態度に堪え切れず吹きだした。 いくらお堅いドレーク船長でも酒の席のセクハラを受け流す器用さくらいあるだろうと考えていたのだが。 どんだけウブなんだよ、もう。 「……笑うな」 途方に暮れたような表情を浮かべる船長を眺めていると想い人のむっちりした太腿に下半身を挟まれているというとんでもない状態にも関わらず本当に慣れてないんだなァとなんだか微笑ましい気分になってきた。 海軍だって男所帯に違いはないし、ドレーク船長みたいな男前ならその手の話もありそうなもんなのに。 「いやなんか海軍でこういうの慣れてるもんだと……予想外に新鮮な反応でつい」 「お前は海軍をなんだと思ってるんだ」 呆れを含んだ視線からすると本当にあからさまな誘いを受けたことはないようだ。 類友で周囲が真面目人間の塊だったのか、それともおれの想像が下卑ているだけなのか。 どちらにせよよくもまァここまで純粋なまま生きてこられたものだと拍手を送りたくなった。 慣れていなくて悪かったな、と少し悲しそうに睫毛を伏せるドレーク船長はそれほどまでに色っぽい。 「なァ、ドレーク船長。おれにくださいよ」 返事が返ってくる前に勢いをつけて上半身を起こし、そのまま体勢を逆転させる。 相手になんてされるはずがないと諦めようとしていた気持ちは船長のことを知れば知るほど大きくなるばかりだ。 諦められないなら仕方がない。 海賊なら欲しいものは命を賭けてでも奪うべきだろう。 おれは真面目で堅物で融通のきかない馬鹿みたいに純粋なこの人の全てが欲しい。 またもや情報の処理が追いつかず目を白黒させているドレーク船長の顎の傷を舐めあげる。 いつもはマスクで隠されている目のふちは朱色に染まっていた。 |