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喉の奥が引き攣れて痛い。
溢れる涙で溺れてしまいそうだ。
いつ誰が通るとも知れない海軍本部の廊下でアルバに抱かれながら泣き続けるというのが如何にありえないことかは理解している。
だがずっと過剰に力の籠っていた身体は一度の弛緩で緊張の糸が切れてしまったらしく重く沈みこんだまま動かない。
否、動く気が起きないと言った方が正しいだろう。
温かなアルバの腕の中がまるで底なし沼のように感じた。

「おれが憎いか」

穏やかにそう問われ、そういうところが、と奥歯を噛み締める。
そういうところが憎いのだ。
自分から近付いてきてマグマであるサカズキを人の温度に慣らすくせにアルバはやはり海軍を辞めると言う。
つまりサカズキの意見を引き出そうとしながら当のアルバにそれを受けてどうこうするつもりはまったくないということ。
抱きしめておいて、縋らせておいて、こんなに酷いことはない。
憎いと返したはずの声は制御できない喉に押しつぶされて酷いものになっていた。
それでも意味は届いたようで、乱雑に頭を撫でていた手の動きが止まる。

「……なんでわしを置いていくんですか」

どうせいなくなってしまうのならいっそ答えなんて聞きたくないのに長い間蓄積し続けていた澱が勝手に舌を動かす。
そんなに目障りでしたか。
どうでもいい存在でしたか。
そう言ってしまってから、恐怖で膝が震えた。
もし肯定されたらどうするつもりだ。
好かれているとでも思ったかと、お前のことなど端から心の内に入れたことはないとアルバの口から聞かされたら。
いつも優しく名前を呼ぶ唇が嘲笑うように歪められる様を想像して青褪めているとアルバの両手が離れていく気配がした。
生まれた隙間にヒュッと喉が鳴り、とっさに服を掴む手に力を込める。
しかしアルバはサカズキのささやかな抵抗を意に介さず背面から離した手を肩にかけ、ぐいと後ろへ押しやった。
そしてそのまま何かを思う間もなく両手で頬を包まれ彫の深い目頭に寄せられる形のいい唇。
ちゅ、と窪みに溜まった涙を吸われてサカズキは呆然と目を見開いた。

「お前は馬鹿だなァ、本当に馬鹿だ」

おれがお前を嫌うはずないだろうずっと構い続けていたのにどうしてそんなふうに思うんだ馬鹿な奴め。
サカズキがどれだけ馬鹿なことを言ったかと語る声があまりに柔らかくて、驚きから一度は引っ込んだ涙がまた溢れてきた。
なんだか憑きものが落ちたようにすっきりした表情のアルバが嬉しそうにその雫を舐めとるものだからたまらない気持ちになる。
可愛らしいリップ音とアルバの忍び笑いに蕩けるような幸せを感じるのは、きっと間違ったことだ。
そう思っているのに指の一本も動かせない。
海に呑まれたときのように頭がふわふわして考えがまとまらない。
こぼれ落ちる全てを受け止めようとするかの如く瞼や頬に繰り返されるそれが一般的にキスと呼ばれる行為だと気付いてからもサカズキは混乱状態から抜け出せずにいた。

「ありがとうサカズキ」

悪戯っぽく微笑むアルバに返す言葉が見つからず、涙が止まるまでと言い訳をして今度は自らアルバの胸に潜り込む。
大きく息を吸いこんでもアルバから血の臭いはしなかった。
落ち着いたムスクとコーヒーの香り。
平和な香りだ。
今日初めて知った温もりは涙とともに消えてなくなる。
手に入らないものの心地よさなど知りたくはなかった。