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以前手に乗りきらないサイズのトカゲをペットにしている友人に「トカゲなんか飼ってなにが楽しいんだ」と聞いたことがある。
はっきり言って、おれは爬虫類が苦手だ。
あのざらざらした鱗やひんやりした温度や何を考えているのかわからない無機質な目が気持ち悪くてしかたない。
別に女子供みたく怖いだなんだと騒ぐつもりはないが、懐くわけでも鳴き声をあげるわけでもなくただひたすら無表情にエサを喰って寝ているだけの存在を溺愛する友人の心理は理解しがたいものがあった。
同じ鱗があるにしても色鮮やかな魚なら観賞用になるだけ幾分わからないでもないのだが。
口に出さずとも嫌がっているのがわかったのか、友人は苦笑しながらトカゲをケージの中に戻して「無表情なのがいいんだよ、好きなように解釈できるから」とやっぱり理解不能な答えを返してきた。
ただいまって言ったらおかえりって顔するんだと。
そんなわけがあるかお前頭おかしいぞ医者にでもかかってこい。
そう思ってた、はずなのに。

本部に備えられた寮のドアの前でガリガリと頭を掻く。
思いだすのは扉の向こうに待ちかまえる同室者のことだ。
同室者の名前はX・ドレーク。
おれより年下でエリート街道驀進中のドレークは悪魔の実の能力者である。
能力を使用したところを見たのは同室になるずっと前で、珍しい能力とだけ聞いていたため目の前で恐竜になられたときには酷く動揺してしまった。
大きくたってトカゲはトカゲ。
むしろ大きいぶんだけ嫌悪感倍増しだった。
とはいえ普段は普通の人間なわけで、交流に支障はない。
ドレークの階級があがって寿司詰め状態の大部屋から二人部屋に移る際、自身と同室になると聞いておれは素直に喜んだ。
能力に頼りきりではない、勤勉で努力家なドレークのことを知っていたからこそきっといい友人になれると思ったのだ。
それがなぜか初対面から視線を逸らされ挨拶を無視され握手を拒否され、怒るより先に唖然とした。
荒くれ者の多い海軍では珍しく礼儀正しい部類のドレークがそんな態度をとっているところなど見たことがなかったから仕方がない。
もしや極度の人見知りかと思いそれから毎日のようにあれこれ話しかけてみたもののドレークの態度は改善されず、同期のやつらに「嫌われてんだろ」と言われてようやく諦めたのが二ヶ月ほど前。
いまではおれが一方的に短く声をかける以外の接触はほとんどなくなっていた。
その接触というのが「ただいま」という独り言に近い挨拶の類で、ドレークはあくまで一切反応しないのだが。
なんか。

「……ただいまって言ったらおかえりって顔するんだよなァ」

おれのことを嫌っているから無視するんだろうに、おれが声をかけるたびほんの少し嬉しがっているような、そんな気がするのだ。
もちろん気がするというだけで実際はそんなことあるはずもないのだけれど、あのトカゲ溺愛の友人が言っていたのはこういうことなのかと理解した。
理解してしまった。
挨拶しなかったら傷ついたような顔するし。
数秒遅れて挨拶したらホッとしたような顔するし。
無表情のくせに、なにも話さないくせに、かわいいんだよあのトカゲ男。
扉に手をついて項垂れ、中の様子を想像する。
しっかりと筋肉のついた体格のいい男が無表情で座っているだけだというのにどうにもこうにも愛らしく感じる自分が恐ろしい。

「……あー、やだなァ。入りたくねェ」

ため息交じりの泣きごとを漏らしたおれは、自分のことに精一杯ですっかり失念していたのだ。
動物系能力者特有の超人的な聴覚の鋭さだとか、寮の防音性ゼロな壁の薄さだとか、そういったものを。
独り言を聞いたドレークが扉一枚隔てた向こうで真っ青になって固まっているなんて考えもしないまま、おれはむず痒い感情を吐き出そうと再度ため息をついた。