ぱちん、ぱちんと盆栽の剪定をするサカズキに後ろから忍び寄って抱きすくめる。 忍び寄るといったって気配を消してるわけじゃないし、サカズキもおれがこの部屋にいることは承知の上だから意味はないに等しい。 が、そうはいってもここまで無反応っていかがなものか。 「サカズキ」 呼びかけても手を止めることなく、一瞥すらくれないサカズキにムッとして顎を掴み無理やりな体勢で唇を合わせた。 さすがに手は止まったが突然のことにも慌てる様子はない。 ……なんかなァ。 二十年近く一緒にいて慣れない方がおかしいんだけど、昔の恥じらいはどこへ消えたのサカズキさんや。 いや、別に慣れは悪いことじゃないんだ。 傍にいられるのも長く触れあえるのも好きな時にキスできるのもずっと望んでたことだから。 けど、これって本当に慣れだけが理由なのかと思うと不安にもなる。 だってサカズキはおれのことを好いてくれてたからこそあれだけ過剰に反応してたはず。 なら今は。 おれはサカズキに触れるたびにドキドキするけどサカズキはそうじゃないのか。 純粋に慣れただけなのか、それとももう。 「わしに飽いたか?」 脳内を読まれたかのようなサカズキの言葉にビクッと身体が跳ねた。 しかしすぐにそのおかしさに気付いて首をひねる。 飽きたって、誰が誰に。 おれが、サカズキに? いやいやそんなわけないだろう。 おれがサカズキに飽きるなんて一生かかったってありえない。 「……わしに、飽いたか」 「ないよ!おれがサカズキに飽きるとか、絶対ない!なんでそんなふうに思ったんだ?」 頭の中であれこれ考えるうち何をどう受け取ったのか疑問形でなくなった言葉に慌てて背中から離れて向き直り、首やら手やらを振って全身で否定を示す。 やれ遠征だのやれ会議だのとすれ違いが多い生活をしているとはいえ愛情表現は欠かしていなかった。 本部内でだって昼飯や休憩のたびに時間をとってできる限り一緒に過ごしていたし、昔から変わったことといえばそれこそサカズキが過剰反応しなくなっただけだ。 おれのほうに変化はないはずなのに、どうして。 「お前が」 「ん?」 「……言うちょったろうが」 余程言いにくいことなのか、珍しく歯切れの悪いサカズキを急かすことなくじっと見つめる。 サカズキの目は盆栽に向けられているため視線があうことはないが見られていることはわかるのだろう。 意味もなく葉をいじる様子は大層居心地悪そうだ。 「お前が、慣れたら触るっちゅうて」 言うちょったのに、と少しずつ聞きとり辛くなる声をつなぎ合わせてサカズキの思考を追っていく。 慣れたら触るといった。 これはおそらく三十になったばかりのころに宣言したアレだろう。 マグマ化しなくなったら沢山触ってキスすると言ったおれを「勝手にしろ」と不器用な言葉で肯定してくれたサカズキのかわいさは忘れようにも忘れられない。 実際のところは「慣れたら」と言いながらも翌日から特訓という名目のもと不意打ちで抱きしめたりキスしたりやりたい放題だったためスキンシップの量は今も昔もそれほど差がないのだが、サカズキの言い分はつまり「慣れたのにどうしてもっと触らないのか」ということで。 昔から変わらない現状が不満であると。 もっと、と。 そう望んでいるということで。 「ごめんサカズキ」 「……なにを謝っちょるんじゃ」 「勃った」 「…………あァ!?」 さすがに恥ずかしかったので小声で自身の状況を伝えると珍しく呆気にとられたように口を開いたサカズキが徐々に赤く色付いていき、ついに指先から煙があがりはじめると剪定用の鋏と手を添えていた盆栽がマグマで焦げ落ちた。 持つものがなくなった赤い両手が羞恥でぶるぶると震えている。 「お前は、いきなり……ッ馬鹿なことを抜かしやがって……!」 「これは不可抗力だ!サカズキが急にかわいいこと言いだすから……!もう!もう!なんでこんなかわいいかなァ!」 「よせ!」 マグマグしている両手を無視して唇に喰らいつくと制止の声とともに強烈な蹴りが繰りだされ見事に吹っ飛ばされた。 そして顔をあげた先には全身がドロドロにとけたサカズキの姿。 久々に見た能力の暴走に、どうやら単に制御がうまくなっただけで完璧に慣れたわけでも、まして飽きたわけでもないらしいと胸をなでおろす。 不安がる必要なんてなかった。 サカズキもおれを愛してくれているんだ。 何年たっても、きっと、ずっと。 「サカズキ、一緒に暮らそうか。夜いっぱいくっついてられるように」 満面の笑みで提案すると「阿呆が」と短く罵られる。 相変わらずの厳めしい表情がほんの少し、和らいだように見えた。 |