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「#幼馴染」のBL小説を読む
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- ナノ -

「なァ、サカズキ。別れようか」

サカズキと恋人になって三年。
おれはサカズキより一足早く三十路に突入し、サカズキは来月中将になる。
きっとこのへんが潮時なんだろうとおれはサカズキを夕飯に誘った帰り、人気のない道中で別れ話を切り出した。
肌を重ねることを拒否されるのはまだいい。
そもそも異性愛者であるサカズキが簡単に男同士での行為を受け入れてくれるとは思っていなかったから断られたところでダメージも少ない。
けれど、それ以前の恋人としての触れ合いすら拒絶されるのはどうしても駄目だった。
付き合った当初十秒だった接触時間はこの三年で二十秒に伸びたけれど、それを越すと相変わらずマグマになってまでおれを遠ざけるサカズキに付き合いの限界を感じたのだ。
キスはおろか触れることもかなわないのでは手の届く距離もむなしいだけである。
別れの言葉を告げた途端ぴたりと足をとめたサカズキの表情は海軍帽の影になってしまって窺えない。
そのことに少しだけほっとした。
別れる決意をしたからといって愛が薄れたわけでも嫌いになったわけでもない。
むしろサカズキを愛しいと思う気持ちは恋人になる以前よりずっと増している。
ようやく解放されるのかというような顔をされたとして、直視してしまったら立ち直れそうになかった。

「おれももう三十だ。サカズキだってこれからもっと忙しくなる。せっかくの休みにおれに時間を割いてちゃ、やりたいこと何もできなくなっちまうだろ。いままで付き合わせといてなんだけど、サカズキ、おれといたら落ちつかないみたいだし。もう無理しなくていいから、だから……別れよう」

沈黙が怖くてひたすら口を動かす。
喋りながら三年間なんだかんだで休日をあわせることに協力してくれたことを思い出し泣きそうになった。
サカズキはどうしておれと付き合うことを了承してくれたんだろう。
正義の関わらない場面ではそれなりに情をみせる男だから、あまりに必死だったおれに同情したんだろうか。
そんなことを考えていると黙っておれの話を聞いていたサカズキが低い声で「無理はしちょらん」と呟いた。

「いや、そんな、気ィ使わなくていいって。いっつも嫌がってたのにべたべたして迷惑かけてほんとに悪かっ」
「違う!」

謝罪を最後まで言い切る前に胸ぐらを掴まれ引き寄せられる。
殴られるのかととっさに歯を食いしばった直後、突然サカズキの顔が近づき、

がちゅり、と嫌な音がした。

「いっ……ぅ……!!」

神経に直接響くような壮絶な痛みに耐えかねて呻く声はサカズキの唇に吸い込まれて音にならない。
そう、唇だ。
サカズキとキスしている。
この痛みは歯がぶつかったせいで引き起こされたものなのかと理解して、同じ痛みを感じているはずのサカズキがおれに引き剥がされまいと唇を押しあててくる様に胸が熱くなった。
サカズキがなにを思ってこのタイミングで三年間拒み続けていたキスという行動を自らとったのかはわからない。
けれど、真意がどうあれ切望していた恋人としての特別な接触。
なんでもいい、今はただ、もっと深く味わいたい。
そう願って中途半端な位置で固まっていた腕を動かした瞬間、今度は先ほどとは逆に胸元を強く押されてたたらを踏む。
反射的に数歩後ろへ下がると間を置かずサカズキが地面を焦がし始めた。
網膜に焼きつく鮮やかな赤。
いつも通りだ。
結局。

「馬鹿だなァ、そんなに嫌ならキスなんか……でも、いい思い出ができたよ。ありがとうなサカズキ」

自分からキスしたくせに、という怒りとも悲しみともつかないもやもやした感情を抑え笑ってみせる。
痛いのを通り越して麻痺しだした口元を拭い、キスの拍子に弾き飛ばされたらしい帽子を拾い上げた。
砂埃を落してから差し出すもサカズキがマグマを引っ込める様子はない。
おかしいな、いつもならもうそろそろ元に戻っているころなのに。

「サカズキ?」
「……違う」

眉を顰めて名前を呼ぶおれに、俯いて目を合わせようとしないサカズキがもどかしげに顔を歪めた。
なんだ?違うってなにが?嫌がってないっていうのか?これで?
どろどろと溶け落ちていくマグマに浮かぶ厳めしい表情。
うん、どう見ても喜んでる感じではない。
これで喜んでいるんだとしたらサカズキの表情筋は呪われている。
しかし、例えばだ。
もし本当に嫌がっているのではなくて、この表情のままマグマの赤を取り払ったとしたら。
それでもまだ赤かったとしたら、それは。

「……サカズキ、嫌がってるんじゃないの?」
「……違うというちょる」
「おれに触られるのとか、嫌じゃない?」
「くどいぞ」
「じゃあ、もしかしてそれって、照れてる」

とか。
駄目もとで言ってみたとたんサカズキが噴火した。
結構離れてるのに火傷したっぽい。
慌てて携帯していた海桜石の錠を放り投げると受け取ったサカズキの肌が露わになる。
威圧感のあるマグマの赤色とはまるで違った、柔らかく色付いた仄かな赤。
感激、興奮、歓喜。
恋人になれたとき以来の激しい情動のままにおれは叫び声をあげた。

「マジで照れてんのか!ていうことは今までマグマグしてたのもわざとじゃなくて、恥ずかしさで制御できなくてマグマになっちゃってただけ?突き飛ばしてたのは恥ずかしくても限界ギリギリまでくっついてたかったから?なにそれ!サカズキお前、かっわいいな!わかりにくい!かわいい!!」
「煩い奴じゃのう……!」
「否定しないんだ、かわいい!」

やばいテンションあがりすぎて語尾が「かわいい」になりそうだ。
でもかわいい、おれの恋人がかわいい。
大騒ぎするおれに耐えかねたサカズキが錠を投げつけてきた。
力が抜けているため大したスピードも威力もないそれをパシリと受け取りサカズキに近づく。

「サカズキ」
「なん、」

一気に距離をつめ、反応される前に今度こそ正しく、痛みのないキスをする。
重ねるだけでは物足りず、ぺろりと唇を舐めとってからさっきと同じだけ離れるとサカズキがまたマグマになった。

「あはははははかわいい!やっぱサカズキ好きだ!いいよもうサカズキが慣れるまでいくらでもずっと待つよ!でも慣れてマグマ化しなくなったらいっぱい触るから!四六時中ちゅっちゅするから!」
「ッ勝手にせェ!」

やめろって言わないとかおれの恋人本当にかわいい!