「あーもう……あいつ、ほんと、もう……」 もはや堪える気もなく漏らした独り言と動くたびにまとわりつく鎖の音が冷え冷えとした薄暗い空間に響く。 あいつとは誰かなどいうまでもない。 この地下空間におれを繋いだ張本人、面倒くさい我が恋人、最愛のサー・クロコダイルである。 事の発端はおれが初めてクロコダイルに告げた文句だった。 恋人としては真っ当な、しかしおれたちの付き合いにおいては関係の根底を揺るがしかねない文句だったとは思う。 「お前はどうだかしらないけどおれは普通の人間だから愛されたいと思うんだよ」 ヤッたら用済みとばかりに部屋から追い出し食事も睡眠も共に取ろうとしないクロコダイルに、そりゃあクロコダイルにとっておれは気まぐれで付き合っているだけの性欲解消の道具なのかもしれないけれど、それでもこの関係に恋人という名前をつけることを認めた以上少しくらいらしくしてくれたっていいんじゃないかと。 そう思って一言詰ったおれに、クロコダイルは迷わずその右手を伸ばしてきた。 枯らされたのは命ではなく利き腕と両足だけだったが抵抗する力を奪うには充分だ。 そうして暴れることもままならない状態で荷物のように抱えられ連れ込まれた地下空間で、おれは一人きり、クロコダイルの一存によって今日も生きながらえている。 「……一応言っとくけど『愛されたい』っていうのはお前に愛されたかっただけで、お前と別れて他と付き合うとかそんなつもりは一切なかったんだからな」 カツカツと反響しながら部屋に近づいてくる靴音に向かいそう話しかけると「悪くねェ言い訳だ」と楽しげな声が返ってきた。 悪役ぶりが板についた恋人様のお帰りだ。 「まだ逃げようとするなら殺そうと思っていたが、そうして耳障りのいい言葉だけを吐くなら生かしておいてやる」 せいぜい媚びへつらっておれの機嫌をとってみせろと笑って持参した果物を手ずからおれの口に運ぶクロコダイルはきっと人間も愛もおれのことも何一つ信じちゃいないんだろう。 逃げられないよう縛りつけて贈られる愛を生きるための嘘だと決めつけて、そうまでしないと愛することも愛されることも安心してできない歪んだ男なのだ。 「なんだ?何か言いたそうな顔だな」 「別にィ……キスしたいのに鎖が邪魔でできないなって」 「クハ、そいつは一大事だ」 鉤爪で顎を持ち上げて自ら顔を寄せてきたクロコダイルが果物の味が残る唇を食んでぺろりと舐めた。 鎖を外してもらえないのは残念だがその残念が吹っ飛ぶぐらいにはエロい。 「…………湯は用意してやる。盛るならその後にしろ」 動けないだろうが、なに、満足させてやる。 そう言ってにやりと唇を歪めきびすを返して地上に戻っていったクロコダイルにため息一つ。 人のこと監禁した後の方がかわいいとか、本当にもう、おれの恋人は。 |