「クザン大将、何か好きな食べ物とかありますか?」 仕事をさぼって木漏れ日の下でうたた寝しているところを発見され執務室まで連行される道中、すっかり部下の皮を被ってしまった恋人がそう尋ねてきた。 先程「どうせならもう少し早く起こしに来てくれりゃあ昼飯食いっぱぐれずに済んだのに」と皮肉ったところなのでその流れだろう。 まだ付き合って日が浅いというのもあって、こうして積極的に自分のことを知ろうとしてくれるのはむず痒いというか、まあ、うれしい。 「あー……食い物じゃねェが、お前さんの淹れてくれるコーヒーは好きだぜ」 「ありがとうございます。他には?」 「他?牛乳とか」 「休憩のときにコーヒー牛乳持っていきますね。で、他は?」 「…………酒?」 「……飲み物以外好きなものないんですか?」 きちんと好きなものを答えているはずなのになぜか『ずれた答えばっかり返してきやがって』という表情でため息をつくアルバにおいおいと眉を寄せる。 なにを考えているのかはしらないが部下としても恋人とのコミュニケーションとしてもこれはあんまり褒められた態度ではないだろう。 せっかくいい気分で仕事に向かえる気がしていたのにそんなふうにされては台無しだ。 「上官に対してため息つくとかよくないんじゃねェの。言いたいことがあるなら察してもらおうとしてないではっきり言いなさいや」 不快を隠すことなく伝えるとアルバは再度ため息を吐いて「では」と口を開いた。 決して間違ったことは言っていないはずなのに、まっすぐこちらを見据える目に気圧されそうになる。 「はっきり言わないと伝わらないみたいなんではっきり言いますけど、あんたをデートに誘うために食事の好みを知りたいんで和、洋、中、肉か魚か、カジュアルなところかコースか、逆に嫌いなものとか食べられないものはあるか、教えてもらっていいですかね?あとこんなふうに毎日さぼって連日残業するようじゃ仕事帰りにレストランに誘うこともできないんでいい加減どうにかしてください。このままだと初デートがおれの家でおれの下手くそな手料理食ってそのままクザンさんが食われるプランになりますよ。初回からぐっちゃぐちゃの爛れた大人の夜です。甘酸っぱさとかかけらもありません。翌日は仕事したくてもできない状態だと思ってください」 わかっていただけましたかと腕組みして鼻を鳴らした恋人にクザンはごめんなさいと頭を下げた。 これは色々と、クザンの方が間違っていた。 アルバはなるべく自然に聞き出そうとしてくれたのに察してもらおうとせずにはっきり言えとか、歳上の男としてちょっと情けないものがある。 そしてクザンの考えとしては別にアルバの言ったプランの方でも構わないのだけれど、そちらの選択肢からはなんとなく悪い予感がした。 具体的には自分の思う数倍えぐいことをされそうな予感が。 想像して背に走った悪寒にぶるりと体を震わせる。 アルバに探してもらうのも二人きりで残って仕事をするのも悪くなかったがせっかくデートしたいと言ってくれているのだから、とりあえず今日の仕事はさっさと終わらせるとしよう。 |