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例えば愛用しているペンだとか、いつも額にひっかけているアイマスクだとか、自分のものに他人が触れることに対しもやもやとした不快感を覚えるのは今に始まったことではない。
人と飲食物を共有することを特別嫌だと思ったことはないので潔癖症というわけではないだろうし、金を出したり貸したりすることにためらいはないからケチなわけでもないはずだ。
となるとおそらく所有欲だか独占欲だか、そっち方面の欲が自分の思う以上に強いのだろう。

ーーそういやァ、昔は自分のものは全部風呂敷でまとめて肌身離さず持ち歩いてたっけか。

今のように海軍を拠点にして『散歩』に出るのとは違い、行くあても帰る場所もなくただ生きるためだけに放浪していた子供時代を思い出してクザンはふうと息を吐いた。
数少ない所有物を他人に奪われないよう気にかけ続けていた経験は知らず己の人格形成に悪影響を及ぼしていたらしい。
別に、ペンやアイマスクだけなら問題はないのだ。
それらは正真正銘クザンのものであり、どう扱うかを決める権限はクザンにある。
人に触れられたくないならどこかへしまうなりなんなりすればいいだけなのだから。
しかし。

「……触られたくないからって、まさかしまいこむわけにはいかねェよな」

アルバ。
クザンとは同期の海兵であり親友だと思っている男がどこのだれとも知らない女に触れられているのを見た瞬間感じた言いようのない不快感。
物扱いするべきではない意思のある人間、よしんば物であったとしても『クザンの物』ではない存在に対するおかしな執着など抱くべきではないと理性ではきちんとわかっているのに、今こうしている間にもどこかで誰とも知らない相手に触れられ、自ら手を伸ばしているのではと思うとひどく暴力的な気持ちさえ湧いてくる。

ーーいっそのこと、

そう考えかけて、これはいただけないと何度目になるかわからない息を吐きがりがりと頭を掻いた。
物でないなら物にしてしまえば、クザンの所有物でないなら奪ってしまえば、なんてアルバが知ったら目を剥くだろう暗い想像を振り払い机の上に出しっぱなしにしていた電伝虫を手に取りコールする。
どうしようもないときは酒が一番だ。
奢ってやると言えば毎度学習せず吐くまで飲む意地汚いアルバを家に連れ込んで介抱してやればこの面倒な欲も多少は満たされることだろう。
酔ったアルバはいい。
クザンがいなければ歩くこともままならず、放っておけばいつまでもベッドでいびきをかき、よだれを垂らして眠りほうけている。
きっと家から出したくなくなるだろうなという予感は見て見ぬふりで、電伝虫から聞こえてきた明るい声にクザンは柔らかい笑みを浮かべた。