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初めに声をかけてきたのはクザンからだった。
ホモなんじゃないかというおれの噂を聞きつけ「男が好きで決まった相手いないんだったらおれなんかどう?」と袖を引いてきたのだ。
「おれも男のほうが好きなんだけどヘタなやつ相手にするわけにはいかねェし。でもお前なら信用できるからさ。後腐れなく遊べる相手、欲しくねェ?」
そう言って媚を含ませた笑みを浮かべたクザンに真実を告げなかったのはそっちの方がお互いにとって都合が良いと判断したためだ。
だって、身体だけのドライな関係を求めて声をかけた相手が『実はおれはホモなわけじゃなかったはずなんだけどどういうわけだかお前のことは例外的に好きなみたいなんです』なんて言い出したら気まずいにもほどがあるだろう。
おれはクザンが好きだけれどセフレとして誘われた時点でおれの恋は敗戦確定だし、クザン以外の男に興味がなくたって正真正銘男であるクザンを好きな時点でホモなことに違いはない。
わざわざ好きな人を貶めて喜ぶ趣味はないからクザンの言う「信用できる」という点もクリアできている。
おれさえクザンへの好意を隠していれば何の問題もなく両得な関係でいられると、そのときは本気で思っていたのだ。
いまなら分かる。
おれは自分を過信していた。
好いている相手に気持ちを偽ったまま接するにはおれは欲深くて、この距離は近すぎた。

「関係を解消したい」

話をしようにも下手に酒の席なんかに誘えば決意が鈍る。
自分の甘さを見越してあえて仕事終わりの執務室で話を切り出せば帰り支度をしていたクザンがぎしりと固まった。
無理やり笑顔の形を作ろうとしたように唇の端が持ち上がる。
いまにもぎしぎしと音が聞こえてきそうな不自然さはもしかして動揺のせいなのだろうか。
慣れていそうなクザンのことだから「了解、じゃあまた気が向いたら誘ってよ」とかそんなふうに軽く流されると思ったのだが。

「…………あー……もしかして、飽きた?普通のセックスしかしてなかったし、たまにはマニアックなプレイでも試してみるか?」
「いや、別に飽きたってわけじゃ」
「じゃあなに、好きなやつができた?脈ありなの?まだ付き合ってないならセフレ切るのは早いんじゃねェ?」

まあ仕事帰りに突然切り出されれば驚きもするかと自分を納得させたのもつかの間、クザンが矢継ぎ早にそう言ってきて余計にわからなくなった。
引きとめられている?
まさか。
声をかければ断られないが呼ばれる頻度は決して多くなかった。
そんな程度のおれとの関係にそこまで執着する必要はないはずだ。

「俺とお前の関係は『後腐れなく遊べる相手』じゃなかったのか?」

訝しげな声にクザンがまたぎしりと動きを止め、口元だけの笑みのままゆっくり視線を落とした。
あー、と言葉を探すように声を出し手持ち無沙汰に頬をかく。

「そう、だな。引き止めるのはなしだ。ごねるようなまねして悪かった」

「次の相手探すの面倒で」だの「お前とは相性悪くなかったし」だの言い訳のように口にして、表情はどんどん崩れていって。

「ーーーーやっぱ、だめ、かなァ」

しばらくの沈黙の後ぽつりと呟いたクザンがなにを考えているのか、おれにはちっともわからない。