昔ーー十数年も前に一度だけ、かの鷹の目のミホークにともに来ないかと誘われたことがある。 そう話すとおれを知る大抵の人間には冗談だろうと笑い飛ばされるのだが生憎冗談ではない。 まあおれ自身ミホークから誘いを受けたときにはなんの冗談だと思ったし酒の肴として話をするときだって昨日見た夢を語るような気持でいるから笑う奴らを責めることはできないだろう。 しかしあれは間違いなく現実として起きたことだ。 腕っぷしが強いわけでも何か一芸に秀でているわけでもない凡夫のおれがどうしてミホークほどの男の目に留まることができたのか。 ついて行ったところで戦闘にでもなれば真っ先に死んでいただろうから断ったことは後悔していないけれど予想外も予想外の申し出に動揺して理由を聞き忘れてしまったのだけは痛恨のミスだったと思う。 なにせ当時からとびぬけて強かったとはいえまだいっぱしの海賊に過ぎなかったミホークは今や王下七武海、世界一の大剣豪なのだ。 こうも住んでいる世界が違っては直接会って尋ねることなど不可能でもはや答えは知りようもない。 謎は一生謎のまま。 そのはずだった、のだが。 「島を用意した。周囲の森に並の人間では太刀打ちできない獣がいるおかげで城の中へ外敵が侵入することはない。いつ誰に襲われるかわからん街中より余程安全な場所だ」 青空の下、畑の様子を見ていたおれの前にたまに新聞で見かける顔の大剣豪が湧いて出て、当時と同じく何を考えているのか読めない仏頂面で自身の拠点のプレゼンを行いはじめた。 憶えている。 『海より陸がいいし危険なのは嫌いだから』というのは十年前におれが動揺した頭で捻り出した断りの言葉だ。 「……………お前、」 「なんだ。七武海として政府に認められている以上海軍と衝突することもないぞ」 「お前、おれのこと好きすぎないか?」 「惚れていなければ初めから口説いていない」 口説く。 なるほどおれは口説かれていたのか。 生涯解り得ないはずだった謎の答えをぽんと渡され、次いでおれなんかのどこに惚れることがあったのかという新たな謎が生まれた。 以前より更に激しく動揺したおれの腕をミホークが静かに掴む。 おれのために用意した安全な巣に持ち帰るつもりなのだろう。 「おれ、お前に惚れてないけど」 「それはこれから、必ず」 当然のように返されて唸るおれに腕を掴んでいた手の力が強まった。 逃がさないと言わんばかりのそれに、この男ならきっと成し遂げるんだろうなと直感した。 現におれなんかにそこまで惚れてくれているのかと思うとすでにちょっとそわそわした気持ちになるし、不可能ではないはずだ。 「嫌か」 「……嫌って言っても諦めないんだろ、その様子じゃ」 強引な行動に反して少し弱い眼光に溜息を吐き「なるべく早くお願いします」と頭を下げると見開かれた金色の瞳が希望を得たようにキラリと輝く。 おれみたいな男に惚れるなどミホークの趣味の悪さは本気で理解しがたいが、強くて男前で行動力もある完璧な男に対して可愛さまで備えてるんだな、なんて感想を抱けたあたりおれたちはわりと破れ鍋に綴じ蓋なのかもしれない。 |