うちの船長は寝汚い。 というか、一晩中起きていたかと思ったら昼まで寝過ごしたりようやく起きたと思ったら昼寝に突入したり、睡眠のリズムが無茶苦茶なのだ。 起きたい時に起きて寝たい時に寝るという自由奔放な睡眠サイクルが体に良くないのは時間だけならそれなりに長く寝ているはずなのに一向に取れる気配のない隈が示している通りであり、見かねたおれは医者の不養生もいいところな生活を改善し船長の睡眠の質を向上させるため鬱陶しいと嫌な顔をする船長に毎日しつこくモーニングコールを仕掛けていた。 別に堂々と好いた相手の寝顔を拝めるからとか起きて一番に認識してもらえるのが嬉しいとかそういう邪な気持ちは一切ーーいや、なかったといえば嘘になるが、けれどそれが目的というわけでは断じてなかった。 つまり「起きないとキスしますよ」なんて馬鹿みたいなことを自分にしか聞こえないような小声で口にしてしまったのも当然のように起きなかった船長に触れるだけのキスをしてしまったのもありていにいえば『魔が差した』というやつで、やったあと罪悪感と自己嫌悪で死にたくなったしあんたはおとぎ話のお姫様かと罵りたくなるくらいの素晴らしく最悪なタイミングで目を開けた船長にはもっと死にたくなった。 もっとも、わざわざおれが死を望むまでもなく勝手にキスしたのがバレた時点で未来は確定しているようなものなのだが。 「いま……なにを、した?」 「あっ、えっと、き、キス、を……その……起きないと罰ゲームだぞー、みたいなノリで」 「……そうか」 半泣き状態で質問に答えたおれにやけにほやんとした表情で頷いたかと思ったらおもむろに目を瞑った船長にええっ!と慌てるていると「十回、」と船長の唇が小さく動いた。 「あと十回、したら、起きる」 「ええ…………えー」 やばいこの人寝ぼけてやがる。 あまりに幸せな状態に逆にどうしていいかわからずおろおろしていると催促するように唇を尖らされておれは死んだ。 キュン死というやつだ。 普段クールなだけに破壊力がすごい。 「せ、船長だめですよ、あんた、そんな無防備にしてたらパクッと食われちまいますよ」 お前が言うなと言われるのを覚悟で諌めてみても完全にキス待ちの体勢に入ってしまった船長が動く気配はなく、もうどうにでもなれとヤケクソ気味に唇を重ねたら「あとじゅっかい」と眠そうな声で告げられた。 カウントが減らない……だと……? 「ちょ、船長、ほんとちょっと寝ぼけすぎで、」 「ん」 「ん、って…!なんだこれかわいすぎて怖い…!」 とんでもない据え膳だがこのまま夢うつつな船長の誘いに乗ってしまうとキスだけで済ませられる気がまったくせず、なけなしの理性を振り絞ってぎくしゃくと部屋を脱出するーー前に、もう一度。 「……起きたくねェ」 起きなくていいです。 起きないでください、船長。 *** その後昼過ぎまでしっかり惰眠を貪った船長がベポに「キャプテン今日はなんだか機嫌いいね」と指摘され「いい夢を見た」と返しているのを聞いておれは本日何度めかの死を迎えた。 そんなことを言われたらうっかり両思いなのかもとか身の程知らずなことを考えてしまうから、クルーの純情を弄ぶのはよしてほしい。 |