「船長ッ大丈夫ですか!?」 数時間ぶりの船長室の前。 ベポに預かってもらっていた本を小脇に抱え昨日とはまったく違った心持ちで深呼吸し、いざノックをしようと手を握った瞬間、中から聞こえた転倒音と右腕に走った衝撃に慌てて扉を開く。 そう広くない室内を見渡すとベッドの脇に両手をついて蹲っている船長の姿があった。 きっと二日酔いのせいで平衡感覚が狂って上手く歩けず倒れてしまったのだろう。 怪我でもしていたら大変だ。 小さく舌打ちして駆け寄ろうとするが、船長の肩がびくりと跳ねたのを見て足が止まった。 おれを映す船長の瞳に明らかな怯えが浮かんでいる。 もしかしたら昨日、ほとんど告白まがいのセリフを口にしたことで気持ち悪いと思われたのかもしれない。 眠りに落ちる直前船長もおれのことを好きだと言ってくれたが船長の「好き」がおれの「好き」と同じじゃなければ酔いの醒めた頭で嫌悪感を抱くのも当然のこと。 罵倒されるかもしれない。 それこそ出て行けと怒鳴られるかも。 想像するだけで心臓がギュッと縮んだように痛む。 しかし、そうだとしても、ここまできて今更考えを変えるつもりはなかった。 おれの気持ちを伝えて、船長の気持ちを聞いて、本当に同じ想いをもってくれているのなら今まで傷つけてしまったぶん言葉でも態度でもたくさん優しくしたい。 そうでなければ昨日決意した通り荷物をまとめて船を降りるだけだ。 「……失礼しますよ」 竦んだ足を叱咤して一歩前へ出るとおれの右腕が床に落ちているのが目に入った。 助け起こすにしろ片腕では不便だしとりあえず先にくっつけておくかと本を一旦テーブルの上に置き左手で右腕を掴もうとした、そのとき。 「ッ"ROOM"、"シャンブルズ"!!」 船長の引き攣った叫び声とともにサークルが広がり、触れる寸でのところで右腕は枕へと姿を変えた。 驚いて船長を見やると昨夜を再現したようにおれの腕を抱きしめてこちらをねめつけている。 「……船長?」 「…………大丈夫、だ」 「え?ああ、はい、そうですか」 怖い顔をした船長の随分遅い返答にそれはよかったと思いつつ眉根を寄せた。 よかった、けど、どう受け止めればいいんだこの状況。 おれのこと気持ち悪がってるならわざわざ能力使ってまで腕を回収する必要なんてなかったよな。 さっき、ここにくるまでの道中で震えを感じて指を握ってみても振り払われなかったのと合わせて考えたら拒絶されてるって考えは捨ててよさそうだが。 「なにか用か、こんな朝っぱらから」 ならなんでこんなに警戒されてるんだと困惑していると船長がおれの腕を持って一人で起きあがり、ドカリとベッドに腰をおろして尋ねてきた。 さっきまでの様子が嘘みたいにいつも通りだ。 瞳からも怯えは消え去り、代わりに冷たく不快そうな雰囲気を纏っている。 昨日までなら何の迷いもなく嫌われているからだと判断しただろう。 だが今となっては船長のこの態度は精一杯の虚勢なのでは、と疑わざるをえない。 だっておれの右腕を持つ手は汗ばんで冷え切っているし、胸元を握りしめる仕草も昨夜と同じだ。 横柄で棘のある態度の裏にあの「痛い、苦しい」という悲痛な訴えが隠されていると思うだけで一分一秒躊躇うことさえ惜しく感じた。 「昨日の夜のことですけど、おれ」 「憶えてねェ」 「、は?」 「夜のことは何も憶えてねェ」 絶対嘘だろ。 あなたのことが好きなんですと伝えようとしたおれの声を遮り、お前が帰ってくる前に酔い潰れたから何があったかなんて憶えていないし興味もないと言い切る船長に心の中でツッコミをいれる。 勘でも願望でもない。 だって忘れているというのならおれの腕に執着する理由がないじゃないか。 あれだけ指輪のことを気にしていたくせに興味がないというのだっておかしい。 まさか昨日吐露したこと全てをなかったことにするつもりなのか。 そんなことして誰に得があるっていうんだ。 おれも船長も傷つくだけだぞ。 ……いや、もしかして。 全部を忘れたわけじゃなくて、この人。 「船長おれは」 「うるせェ!お前は黙ってこの船に乗ってりゃいいんだ!」 言い募ろうとするおれに対し犬歯をむき出しにして怒鳴る船長の言葉にやっぱりと確信を得る。 船長は昨日おれが船を降りると言ったことを憶えてるんだ。 きっと、自分がそれを許可したことも。 けれどおれが最後に言ったことは忘れちまってる。 おれがまだ進んで船を降りようとしていると思い込んで、だからこんなに必死になって苦しい主張を通そうとしているのかと思うとそんな場合じゃないのにむずむずとした愛おしさを感じて唇に締りのない笑みが浮かぶのを抑えられなかった。 未だ緊迫した表情の船長には申し訳ないが、おれはいま、船長のことが可愛くて仕方ない。 |