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船長はよく「おれに命令するな」と言う。
海賊団という我の強い連中ばかりの集団において指揮系統が混乱するのを避けるためというまっとうな理由もないわけではないかもしれない。
けれど大部分は純粋に船長のクソ高いプライドが許さないからだろう。
以前はおれもよく不摂生からできる濃い隈を気にしてあれこれ口出ししたものだがそのすべてに「命令するな」と吐き捨てられ、おれは医者だと、自分のことは自分が一番理解していると言い切られてしまえば好意からくる心配も吹き飛ぶというもので、一際強い口調で余計なお世話扱いをうけて「あ、そっすか」と我ながらものすごく軽い返事をして以来おれは船長に進言――船長風に言えば『命令』することをやめた。
少し薄情な気もしたが本人がそれを望んでいるのだからしかたない。
あれこれ深く考えたりせず自然に生活していれば、そのうち船長の不養生を見て見ぬ振りすることにも慣れるはずだ。
いや、無理にでも慣れなければ。
だって、そうでなければあまりにも報われないではないか。


***


「おいシャチ、酒飲む前にちゃんと髪拭いとけ。風邪引くぞ」
「ここ夏島の海域だぜ?あちィし大丈夫だろ」
「ところがどっこい、ベポによるともうすぐ大雪だそうだ。流氷に注意だとよ」
「うっわ…さすがグランドライン、めちゃくちゃだなァ」

シャワーから戻って一番アルコールの棚へ伸ばした手に新しいタオルを握らされ、しぶしぶ髪を掻きまわす間にもひやりとした冷気が廊下から流れ込んでくるのを感じてシャチはぶるりと身を震わせた。
風呂上がりの恩恵もあって今はまだ暑さが勝っているが、この先どんどん寒くなってくるであろうこと考えると冷えたエールよりホットワインを飲んだほうがいいかもしれない。
そういえばシャチと同じく洗髪後ろくに拭いていないであろう髪から水滴を垂らし薄着でソファに陣取っていた我らが船長はこれから起きる寒暖差についてアルバからきちんと世話を焼いてもらえたのだろうか。
それにしては随分と機嫌が悪い様子だったが。

「なあアルバ、さっき見たとき船長もまだ髪濡れたままだったけど、注意したか?」
「……船長はいいんだよ。大丈夫だから」
「あー……あー、」

よくない。
絶対によくない。
そう思いながらも反射的に出かけた言葉を飲み込んだのは船長のアルバに対するあまりにもな態度を知っているからだ。
わざと心配されるようなことをして、そのくせ算段通りに構ってもらえたら今度は鬱陶しいと言わんばかりに顔を歪めるのだから理不尽極まりなかった。
アルバが立ち去った後のやけにふわふわした幸せそうな様子を目にしていなければいじめを疑うところである。
嫌な思いをするとわかっていて声をかけて来いとはさすがに言いづらい。

「あー…………アルバ、船長が風邪ひいたら、看病してやってくれねェ?」
「なんでおれが」

捻り出した妥協案に「医者相手に看病できるような頭のつくりしてねェぞ」と分かりきった答えを返されてシャチは「だよなァ」と息を吐いた。

船長、ご愁傷様です。