太陽の光が目を焼く感覚に眉を顰め、逃げるようにシーツに潜り込む。 起きたくない。 なぜだかわからないが、酷く気分が悪かった。 頭は脳が麻痺したように鈍くしか働かないし目も奥のほうが重くてだるい。 もぞりと胎児のように身体を丸め、抱きしめているものに数度頬を擦り付ける。 人肌のように温かいそれに触れているだけで、気持ち悪いのが遠のいていく気がした。 唇を寄せるとふわふわした心地よさが全身に広がり強張っていた頬が自然と緩む。 これは、一体なんだったか。 なにかとても大切なもののはずだ。 自分に幸福感をもたらす何かの正体を知りたいという欲求に従って薄く瞼を開く。 優しくて温かくて、おれから逃げない。 これは。 おれには、もう。 これしか。 これ、しか。 「…………あ、」 自分が抱きしめている物体の輪郭が焦点を結んだ瞬間、微睡みの沼の中から急激に引き上げられた意識が途切れ途切れの記憶を再生しはじめる。 腕。 人の、男の右腕。 そうだ、あのとき、あれは、昨日。 あいつが指輪を持って、船からいなくなって帰ってこなくて、待っても待っても時間が進まないのに苛々して酒を、飲んで。 帰ってきたあいつが、指輪はもうないって言って、心臓が、痛、苦しくて、あいつは撫でてくれたけど船から降りるって、降りるなんて、言うから。 「あ、あ、」 船をおりたいってんなら、勝手にしろ お前なんかもういらない どこにでもいっちまえ お前なんかきらいだ、って、 「ちが……ぁ、違う、そうじゃ、ちがう、そんな」 降りましょうかと尋ねてくるのを足を奪って逃げられないようにして、それでようやく縛り付けていた存在に自ら決定的な言葉を。 ちがうちがうと首を振っても受け止めてくれる相手はここにはいない。 後の方になるほど霞んで朧げになる記憶。 全て悪い夢だと思いたいのに、事実として目の前にある右腕の傷跡が甘い考えを打ち砕く。 数日前上半身だけで船をうろうろして血が滲んでいたあいつの腕を治療したのはおれだ。 シャチに言われて初めて傷を負っていることに気づき、すぐに足を返したのに、治療すると言ったら拒否されたからこんなふうに腕を斬り落として自室に持ち帰った。 普段触れることのない身体の一部が物珍しくて、手当てが終わった後もしばらく観察していたから見間違えようがない。 夢じゃない。 夢じゃない、現実だ、やってしまった。 どうしよう、どうすれば。 アルバ。 声を出すことすらできず口の形だけで名前を呼ぶと、応えるように右手がおれの指を掴んだ。 じわり、と体温が肌に沁み込む。 「……アルバ」 まるで混乱する自分を宥めてくれているようなその行動のおかげで、少しだけ落ち着きを取り戻せた。 だいじょうぶ。 アルバは、まだ船にいる。 腕を置いて出ていくはずがないんだから、まだ大丈夫だ。 昨日のことは全部酒のせいにして、なにも憶えていないふりをしよう。 言われたことも言ってしまったことも有耶無耶にして、指輪のことも決意したような表情も向けられる負の感情も今まで通りに無視して切り刻んで島から離れてしまえば。 そうすれば、アルバに嫌われていたって、そばにいることはできるから。 大丈夫。 大丈夫。 おれはそれで、大丈夫。 自分に言い聞かせるように何度も「大丈夫」と呟く。 いつだってそうすればどれだけ傷ついていても平気な顔でいられた。 けど。 ――ぜんぜん、だいじょうぶなんかじゃ。 アルバを探さなければとベッドから降りた瞬間せり上がってきた胃液と歪む視界に身体が崩れ落ちる。 あ、と思う間もなく手を離してしまったアルバの右腕が床を転がり、 「船長ッ大丈夫ですか!?」 開け放たれた扉の向こうから隻腕の男が姿を現した。 |