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- ナノ -

ある年の誕生日、甘ったるいキャラメル色をした一体のテディベアを手に入れた。
ドフラミンゴの胸辺り、大人の男ほどもある巨大なテディベアはもちろんただのぬいぐるみではない。
動いてしゃべる生きたテディベアの正体はシュガーの能力の影響を受けて記憶を失う以前のドフラミンゴが執着していた『らしい』男、アルバだ。
オモチャに身を堕としたばかりのテディベアを前にしたとき、虫食いのように男の記憶を失ったドフラミンゴの手には一種の恋文ともとれる独白と己への指示が書かれたメモが握られていた。
アルバに関する記憶をすべて失ってでも自分だけのものにしたいという狂気じみた欲求はその欲求ごとアルバの存在を忘れたドフラミンゴには理解しがたいものだったが、自らが望んだことを叶えるのに不都合はないと間違いなく自身の筆跡であるメモに従い目の前のテディベアを回収した。
自分から自分へというわりには随分無価値な誕生日プレゼントだと手の中の柔らかな感触を鼻で笑いながら。


そうして、あれから何年が経ったか。
苛立ちまぎれに手荒く扱かったせいで幾度となく引き裂かれ、縫われてはまた千切られてつぎはぎだらけになったキャラメル色のテディベアは今も変わらずドフラミンゴの自室に留まり続けている。
シュガーにより『ドフラミンゴの命令を順守する』という契約を結ばされたテディベアは当然ドフラミンゴに従順だったが、だからこそアルバ自身の意志を感じさせないその態度はドフラミンゴの神経を殊更に逆撫でした。

「アルバ」
「どうした、若」

「名前で呼べ」と命令すれば間をおいて「どうした、ドフィ」と声が返ってくる。
少しかすれた低い声はアルバが人間の姿を失う前と変わらない唯一の要素だ。
それ以外は何も知らない。
キャラメルとは似ても似つかない硬質な黒髪も、無機質なボタンでない穏やかな瞳も、大きくて硬いわりに器用な手も。
かつて知っていたはずのアルバにまつわる全てはメモに書かれた情報だけを残して記憶の彼方に消えてしまった。
自ら選んだこととはいえ、『知っていた』自分が妬ましくて、また『知ることができない』自分が腹立たしくてしかたがない。

「……今日は、おれの誕生日だ」
「そうか、また一年が過ぎたのか」

ハッピーバースデイ愛するドフィ。
去年と一言一句違わぬ何度目かの祝いの言葉に自ら話を振ったにもかかわらず気分が悪くなり、むすりと口を噤んで黙り込む。
思えばあの日、テディベアを無価値なプレゼントだと思えていたあのときに捨ててしまうべきだったのだ。
そうすればこんな焦燥を抱えることもなかったのに。
無価値だったはずのテディベアをドフラミンゴはもう笑えない。
思い出したい。
オモチャではない本当のアルバが欲しい。
けれどシュガーの能力を解除したところで自由になったアルバがこのテディベアのように大人しく自分の傍に侍るわけがないとわかっているから、いくら懊悩したところでドフラミンゴには選択の余地などないのである。


ーー好きな人ができたからファミリーを抜けたい。


オモチャにされる前、アルバがドフラミンゴに告げたという言葉を記したメモの内容を思い出し、チッと舌打ちすると鷲掴みにしたテディベアをベッドに向けて投げつける。
そうだ。
選択の余地などない。
『愛するドフィ』なんて人間に戻ったアルバの口から聞けるはずがないのだから。

不貞寝を決め込むためにベッドに倒れ込むと押しつぶされたテディベアが焦ったようなうめき声をあげた。
痛覚もないくせに「痛いなァ」と心にもないセリフを吐く嘘吐きなテディベアが本当に痛みを感じることは、もう二度とないだろう。



***


テディベア:好きな人=若。ドフィのツンデレに気づかず「駄目だおれ嫌われてるわ」と勘違いして消えようとしたらキレてオモチャにされた不運な男。テディベア化してからは開き直ってガンガンアピールしてるけど拗らせたドフィにはまったく伝わってない。毎日同じベッドで抱き付かれて眠るっていう最高の据え膳なのにテディベアな身体のせいで襲えないのが目下の悩み。