*死ネタ おれの腹を鉤爪で貫いたクロコダイルが激しく咳をする度、歪んだ口から血のように赤い花が吐きだされる。 花吐き病、ってやつか。 焼けた鉄を押し込まれたような熱を感じる腹に意識が遠のきそうになる傍らそう冷静に判断することができたのは、子供の頃その病を経て結ばれたという両親の惚気話を飽きるほどに聞かされていたおかげだった。 花吐き病は片思いを拗らせた相手を想うことで咳とともに花を吐き、完治にはその片思いの相手と真実の愛で結ばれるしかないというとんでもない奇病だ。 クロコダイルがここひと月ほどゴホゴホと咳き込んでは口元を押さえた右手から砂を零していたのは吐きだした花を能力で砂にして病気を悟られないようにしていたのだろう。 ぎらついた瞳と気圧されるほど凄惨な笑みには『報われないならいっそ消してしまえ』という傲慢じみた自棄が見てとれて、ああ、もっと早く気付けていればと後悔がよぎる。 もっと早く気付けていれば、両親の幸せを再現できたかもしれないのに。 「クロコダイル」 感覚のなくなってきた手を頬に伸ばし、無理やり顔を近づける。 鍵爪がずるりと食い込んで腹がずくずくと痛んだが今更だ。 「りょうおもい、だな」 震える唇で無理やり笑みを浮かべながらそっとキスを贈るとクロコダイルの血走った瞳が瞬いて、じわり、と表情が消え失せた。 慌てたように鍵爪を引き抜いたクロコダイルが支えを失ったおれと同時に床に崩れ落ち、何度もせき込み、胸と喉を掻き毟り、嘔吐く。 そうしてぽとりと床に落ちたのはまごう事なき白銀の百合だ。 突然の完治が信じられないのか白銀の百合を呆然と見つめるクロコダイルを見届けておれは出来る限り大きく息を吸った。 多分、これが最後の呼吸になる。 霞む視界の中でぼんやりと視線が合ったクロコダイルはまだわけが分からないというような顔をしていて、なんだかかわいい。 「ご めん、」 ごぼり、と口から赤が溢れる。 クロコダイルが吐いていた赤い花とは違う命の色。 ごめん。 ごめんな、クロコダイル。 一緒に生きられなくて、お前に殺されちまって。 白銀の百合は真実の愛の証。 お前の愛は、ここで死ぬ。 |