「結婚行進曲ですか?」 「うわっ!?」 机に向かい真剣な顔でペンを走らせていたアルバが一息ついたのを見計らって声をかけると海賊らしからぬ薄い肩がオーバーリアクション気味に跳ねあがる。 譜面起こしに集中しすぎて気配に気づかなかったのだろう。 いつものことだ。 そうしていつも、驚いたように振り返ったアルバが「なんだブルックか」と己の名を呼びゆるりと顔を綻ばせる瞬間がブルックは何より好きだった。 「これは……ああ、いい曲ですね」 「そうだろ?おれの最高傑作になる予定の曲だ!」 まだ半ばまでしか埋まっていない楽譜を手に取り音の流れを想像すると陽気で優しい、幸せな曲が頭の中に流れてきて、思わず口をついた素直な賞賛にアルバが胸を張りながらどこか照れくさそうな笑みを浮かべた。 アルバは作曲において文句の付け所がない、まごう事なき天才だ。 天才なのだが、しかしブルックの鼻唄に合わせて口ずさむ音は譜面に書かれた音符と一音もあっていない。 作曲の天才であるアルバは同時に途方もないほどの音痴なのである。 「……音楽の神様に才能を妬まれて音にする方法を奪われてしまったんでしょうねェ」 「ははっ、だとしたらお前の存在は神様の誤算だな」 ブルックはおれの頭にある音をそのまま演奏してくれるから、と目を細めてはにかむアルバがただただ愛おしかった。 「これが完成したら結婚しよう。結婚式にはお前がこの曲を弾いてくれ」 「あなたまさか私にピアノ弾きながらバージンロードを歩かせるつもりなんですか?」 そんな馬鹿馬鹿しい話をしながら譜面通りの陽気で優しい幸せが未来に存在することを疑いもしなかった。 皆の最期の歌声に混じって聞こえる調子外れなそれと擦り切れて破れそうになった未完の楽譜。 二度と手に入らないことなんてわかっているのに、夢に見るのはいつだってあの日の笑顔ばかりなのだ。 |