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「どうしやしたアルバ、なにか気になるものでもありやしたか」

盲目の大将であるイッショウに代わり部屋の中を調べていたおれの動揺を悟ってか、疑問系のわりに確信を感じさせる低い声が部屋の空気を揺らす。
それに短く肯定を返し、盲者の前では意味がない行動だと知りながら気になるもの――おそらくはこの部屋の名称であり脱出方法が書かれたメモをイッショウから隠すように手に握りこんで背中へ回したのは、メモを見て己の心に芽生えた疚しさゆえだった。
『キスをしないと出られない部屋』。
そう書かれたメモが悪い冗談でないとすれば鍵穴どころか扉すら見当たらないこの密室から出るためにはその内容に従うほかないのだろう。
役得だ。
文字の意味を理解した瞬間そう思ってしまった己に嫌悪し、動揺し、イッショウの言葉で我に返ってすぐ罪悪感を抱いた。
おれはいい。
好いた相手、それも絶対に手の届かぬ雲の上の存在に触れる千載一遇の機会を得たのだから、イッショウにキスできることは先程浅ましくも思ってしまった通りの役得だ。
しかしイッショウからすればメモに従うことはよりにもよって自分をそんな目で見ている同性の部下に唇を奪われるという最低な行為に他ならなかった。
おれのことを部下として信頼してくれているイッショウにそんなことを知られるわけにはいかない。
この気持ちは絶対に、何が何でも隠し通さなねば。

「……メモに、脱出のための条件らしきものが書いてありました」
「へェ、そいつァよかった。で、その条件ってのは?」

必死に抑えてはいてもイッショウの研ぎ澄まされた覇気の前にはこの部屋から脱出できる喜びとは程遠いおれの感情がありありと視えているのだろう。
訝しげな様子にごくりと唾を飲む。

「イッショウさん、貴方に好きな人はいますか」
「……そりゃァ、部屋から出る為になにか関係あるんで?」
「いえ、直接関係はありません。ただ、もしどなたか好いた人がいらっしゃるならその方のことを思い浮かべていてください」

おれもそうします、と言って一瞬の後、ほんの僅か皮膚が重なるだけのキスをした。
唇の感触より互いの息の熱さを感じるような子供の戯れより酷いキスだったが条件を満たすには問題なかったらしい。
何もなかったはずの壁にいつの間にやら出現していた扉を確認し、強張っていた肩の力を抜く。

「……よかった。出られますよ、イッショウさん」

本当に、最低な役得だ。
真っ赤になったまま動かないイッショウが誰を思い浮かべていたのかは気にしないふりで、おれはノブに手をかけた。