胸が締め付けられて吐き気がして頭がぐちゃぐちゃで、なにもかもが最悪だ。 もう思考なんて放棄してしまいたいのに妙に甘い調子でおれを呼ぶあいつの声がそれを許さない。 あいつの言葉に耳を傾けていいことがあったためしなど一度もなかった。 面と向かって言われたものもクルーとの会話の中で聞こえたものも全部が全部おれを痛めつけるばかりだったじゃないか。 もう充分懲りたはずだろう。 それなのに、なんで。 勝手に音を拾い上げてぞわぞわとした熱を伝える鼓膜がもどかしくてやるせない。 「船長、船長」 なんだうるせェな、おれは知ってるんだぞ。 そんなふうにはなしかけて期待させておいて、どうせつぎの瞬間にはさっきみたいにおれを傷つける言葉を吐くんだ、お前は。 おれを振りまわしていたぶるのがそんなに楽しいか。 お前なんかきらいだ。 「船長、船長は本当におれのこと嫌いなんですか?」 きらい、嫌い。 おれから逃げようとする足もおれを突き放すことばかり言う口も他の奴にとられちまった心も全部嫌いだ。 大嫌いだ。 「他の奴にとられたって、なんの話です」 とぼけんな。 ゆびわ、おれにはくれなかった。 好きな人にわたすって。 欲しかったのに、とられた、いやだ、気持ち悪い、いたい、息ができない。 ぎゅうと腕の中にある右手に顔を押しあてると目元を拭うように長い指が動いた。 もっと触れてほしくて額をこすりつけると催促に応じて親指がゆるゆると髪の生え際を行き来する。 ああやっぱり、これは、この右腕だけはおれに優しい。 「……それは嫌いじゃねェの?」 自分の涙で少し塩辛い右手に唇を寄せ、歯を立てたり軽く吸いついたりしていたらすぐ近くから声が聞こえて慌てて腕を身体で覆い隠した。 さっき、返せと言っていた。 きっとおれから腕を奪うつもりなんだ。 そうはさせるかと力を込めた途端なぜだか丸めた背中を温かい掌でさすられて急激に眠気がこみ上げてきた。 眠ったら全てが終わってしまうのに散々涙を流した目は重たくて、意思とは裏腹に瞼が落ちてくる。 「なあ船長、おれの右腕は好き?それとも嫌い?」 すき、やさしいから。 すき。 だから、だめだ。 かえさない、ぜったいに。 「優しいから好きなの?でも右腕だけじゃ船長のこと抱きしめられないしキスもできない」 どうせそんなこと、してくれねェくせに。 「するよ、船長が望むなら。そしたら右腕じゃなくて、おれのこと好きになってくれる?」 声の囁く世界を想像して、また泣きそうになった。 ありえないことだ。 でも。 ずっとそばにいて毎日キスして愛を囁いて抱きしめて。 そしたら。 「…………すき」 好きだ。 おれは。 好きなんだ、アルバ。 |