「嬉しい」と「嫌だ」。 正反対の気持ちが同時に浮かんできて、キャベンディッシュは思わず硬直した。 定められた四十八時間が過ぎなければこの部屋から出ることは叶わない。 その時間をアルバと二人きりで過ごせるのは嬉しいけれど、アルバはキャベンディッシュを嫌っている。 キャベンディッシュが自身についてどれほど素晴らしい人物であるか語ってみせても聞き流すばかりで一切理解を示そうとはしないし、上陸した島の散策に付き合わせる際だって全身を念入りに整えていつも以上に完璧な輝きを纏っているはずのキャベンディッシュを褒め称えるどころかちらりと一瞥して終わりだ。 「薔薇臭いんで離れて歩いてください」と信じられない言葉を吐かれたことだってあった。 そんなふうにキャベンディッシュを嫌っているアルバはきっとこの状況を喜ばないだろう。 もしかしたら、なんであんたなんかとと眉を顰められるかもしれない。 自分と過ごせることを光栄に思わないなんてキャベンディッシュには甚だ理解しがたい感性だがアルバはそういう男なのだ。 アルバといられて嬉しい。 でも、嫌がられられるのは嫌だった。 「あー…とりあえず、一つお願いがあるんすけど」 案の定顔を歪めて話しかけてきたアルバにキャベンディッシュもぎゅっと眉を寄せて「なんだ」と返す。 別に悲しんでなどいないというキャベンディッシュなりの強がりだったが、アルバは気にした様子もなく爆弾を投下した。 「寝るとき後ろから抱きついててもいいっすか」 「…………は?」 あんぐりと口を開けるキャベンディッシュに「別に変なこと考えてるわけじゃねェっすよ」と言葉を続けるアルバは至って冷静だ。 「ここが船の中じゃねェならハクバの奴が出るでしょう」 そう言われて、固まっていたキャベンディッシュも確かにと思考を再開させる。 キャベンディッシュのもう一つの人格であるハクバは敵味方の見境なく攻撃を仕掛ける斬り裂き魔だが、一応保身については考えているのか航海中の船内において姿を現すことは滅多にない。 あったとしても剣を揺らめかせながら佇んでいるだけなので、そういうときのハクバは一応無害な存在である。 しかしここが船でない以上キャベンディッシュが眠ればハクバは明確な害意を持って現れるだろう。 逃げ場のない密室でそうなってしまうのは間違いなく生死に関わる大問題だが、しかし、それがどうして「抱き付いて眠る」というところへ繋がるのか。 意図がわからず顎を指でなぞっていると、アルバが肩を竦めて「わかんねェっすか」と説明を始めた。 「おれの実力じゃまともにやり合ったって勝ち目はねェし、ハクバが出てきた瞬間にこう、首をキュッと」 「乱暴だな!?」 「いや、それしかないっしょ。大体おれが死んだら誰があんたの買い物の荷物持ちするんすか」 次の島でも一緒にぶらぶらするんでしょ、と事も無げに言ってのけるアルバに喉の奥で言葉が詰まる。 別に、荷物持ちが必要でアルバを誘っているわけではない。 けれどこうして一緒に出歩くことを当然のように言われて悪い気にはなれなかった。 「……今日はまだシャワーを浴びていなかったから汗臭いぞ」 「薔薇臭いよりマシっすね。つーか普通にしてる方がいい匂いですよ、あんた」 こんな最低な褒め言葉を嬉しいと思ってしまうなんて、不覚だ。 |