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マグマ人間って、普通に泣けるのか。
涙なんて皮膚に当たった瞬間蒸発しそうなものなのに。
堰を切ったようにぼろぼろこぼれ落ちるサカズキの涙を見てそんなことを考えるおれは恐らく現実をうまく受け入れられていないのだろう。
原作だとかキャラクターだとかを抜きにしてもサカズキが泣くことなどありえないと思っていた。
それもおれのせいでなんて、目の前にしてなお信じがたい光景だ。
不躾な視線を気に留める余裕すらないのか落涙を拭うことなく佇むサカズキの姿は普段の堂々とした態度と相まって酷く痛々しい。
どうせ泣くならいっそ全てを曝け出してしまえばいいのに衝動を堪えるように食いしばられた歯の間から荒い息が漏れ、震える両の拳はギチギチと悲鳴のような音を立てている。
見ている方が苦しくなるサカズキの泣き方に先に耐えきれなくなったのはおれのほうだった。
いま何もせずに姿を消せば自意識過剰でもなんでもなく、おれの挫折にサカズキを巻き込んでしまうに違いない。
回避できるはずの悲劇から目を背けて逃げだした負け犬が自分のために泣く人間一人を切り捨てられないなんてとんだ笑い草だと思いながら一歩、サカズキに近づく。

「……サカズキ」

呼びかける声に返事はない。
覗き込むように顔を近づけるとサカズキの喉があふれる嗚咽を抑え込もうとしてグゥッと閉まるのがわかった。
骨が砕けてしまうんじゃないかというほどに力の籠った手を掬いあげると手袋越しに体温が伝わってくる。
少し前まで痛いほどだったマグマの熱はいつの間にやらすっかり消え去ってしまっていた。
人の熱に戻っただけだというのに、微温湯のような温度はまるで命を失くしたばかりの死体を触っているみたいで落ちつかない。
もちろんマグマでは触れると軽い火傷ですまない大惨事になってしまうためこれでいいのだが。

「サカズキ、泣いてもかまわないから力を緩めるんだ」

両手で包みこんで優しく甲をさすってみても頑なに握られたままの拳。
余りにも不器用な悲しみの表現にもしかしてサカズキは泣き方を知らないのだろうかと眉を曇らす。
難儀なことであるがサカズキほどの男であればあり得なくはない。
強靭な精神というのもときには邪魔になるものだと嘆息し一旦手を離すとサカズキの表情がギシリと強張った。
どうやらおれがこのまま立ち去るものと思ったらしい。
おれを追って開かれかけた手が空中で再度強く握り締められる。
全身で悲痛を訴えているくせに取り縋ろうとしないのはおれの意志を尊重するためか、それとも拒絶を恐れているからか。
どちらにせよ馬鹿な奴だと思いながらこみ上げる愛おしさに笑みが浮かぶ。
ここに至るまで気付くことができなかったにせよ、それだけ想われていたという事実が嬉しくてたまらない。
汚い、歪んだ感情だ。
どうせ置いていくくせにと自分を嘲りながら厚い背中に腕をまわして抱きしめる。
抵抗されるかと思ったがサカズキは一度びくりと身を竦めただけで大人しく腕の中に納まった。
部下だったころからあまりスキンシップを好むタイプではなかったはずなのに今のサカズキは酷く従順だ。
そのままパーカーと帽子を同時に剥がし露わになった短い黒髪をわしわしと撫で回していると、暫くののち中途半端な位置で固まっていたサカズキの手が諦めたように腰のあたりを掴んだ。

「……おれは海軍を辞めるよ。お前が泣くのは予想外だったが、おれなりに色々考えた結果だ。撤回はできん」

おれが憎いかと問えば、ややあって憎いとしゃがれた声が返ってくる。
なんでわしを置いていくんですか。
そんなに目障りでしたか。
どうでもいい存在でしたか。
一つ一つ胸の奥から絞り出すように言葉を吐くサカズキに暗い喜悦が湧くのがわかった。
運命の輪から外れ目隠しをして生きていくことを決めた以上なんの意味もない変化だが、世界に呑み込まれて消え失せたと思っていたおれの愚かな志は確かにこの男に届いていたのだ。
サカズキの涙がおれの存在を肯定してくれる。
数年ぶりに、心の中が温かくなった気がした。