俺、アルバはドンキホーテ・ドフラミンゴのペットである。 許可がなければ外に出られず衣食住を保障されながら日々を怠惰に生きているので間違いない。 飼われ始めてもう二カ月ほどになるだろうか。 昼過ぎに目をさまし適当に果物か何かを摘まんでだらだら本を読んだり軽く身体を動かしたり、そして時折訪れる飼い主に媚びを売って終わる毎日。 真っ当な感性を持つ人間なら眉を顰めるような生活だ。 けれど俺の場合もとから真っ当な感性なんてゴミ箱にポイしているタイプの人間なので問題はない。 男に飼われるのは初めてだがケツの心配さえしなくていいのなら男に飼われようが女に飼われようが同じことだろう。 とはいえ、この状況に俺が満足しているか、といえばノーだ。 メシはうまいし時間を気にする必要がないのも素晴らしい。 だがそれでも一つだけ不満が残る。 飼い主のドフラミンゴについて、だ。 気分次第でいつ殺されるかわからないだとか昼も夜も関係なくふらりと訪れてはいつまでも部屋に居座るだとか、その辺はまあいい。 これだけ贅沢な生活を提供してくれているのだから、あまり甚振らないという条件付きで生殺与奪の権利はくれてやる。 後者に関してはペットとしての務めであり、むしろ「眠い」とか「だるい」とか言ってつれなくしても傍にいるだけで許されるあたりとんでもない好待遇だと喜んですらいた。 じゃあなにが悪いって、ドフラミンゴは俺よりも、背が高いのである。 俺は見下ろされるのが大っっっ嫌いだ。 どのくらいって、上から話しかけられようもんなら思わずぶん殴って足元に這い蹲らせたくなるくらいには。 昔から周囲と比べて背が高かっただけに上から視線を送られるのに慣れていない……というのは言い訳で、純粋に気分の問題である。 俺の身長は人間の中ではかなり高い。 最近じゃあ街に出ることはほとんどないし、あってもドフラミンゴつきなので役に立っていないが、迷子になっても一発で見つけてもらえる親切設計だ。 そんな俺より頭一つ分でかいドフラミンゴの存在は正直笑えない。 なんだ三メートルって。 海賊や海軍にはドフラミンゴよりでかい人間も珍しくないと聞かされたが、平和にペット生活送っている限り一生会うこともない奴らなどどうでもいい。 背が高くて問題になるのは目下俺の飼い主であるドフラミンゴだけなのだから。 そんなふうに愚痴交じりに拗ねてみせればドフラミンゴは楽しそうに笑って俺の隣に立つときは常に身をかがめているようになった。 しかしそれでも時折ハイテンションになって反り返ったりするからイラッとする。 そう、今みたいに背中を向け俺のことを意識の外に放り出して天を仰ぐドフラミンゴが、俺は大嫌いだ。 「…………ん?」 「フフッ!どうしたアルバ」 くるりとこちらを向いたドフラミンゴはいつも通り腰を曲げ、頭の位置を落としている。 ドフラミンゴの配慮があってようやく視線は同等。 これはこれで馬鹿にされてるみたいでムカつくが先ほどまで胸にあった苛立ちはすっかり消えていた。 「んー、うーん?」 ドフラミンゴのサングラスで隠れた瞳を真っ直ぐに見据え、小首を傾げた。 見下してこないならドフラミンゴの頭が高い場所にあろうが低い場所にあろうがどうでもいいはず。 俺に背を向けていたドフラミンゴに苛立つ要因などないはずなのだ。 俺は何に苛立っていた。 ドフラミンゴが俺を見ないこと? 俺を意識しないで楽しそうにしていたこと? マジか…………マジか、おぉう。 「おい、アルバ」 そんな馬鹿なと否定するために出した仮説が思った以上にしっくりきて軽くショックを受けているとドフラミンゴが一歩前に出て顔を近づけてきた。 怪訝そうな表情で俺だけを見るドフラミンゴに満足感を覚えてしまったあたりちょっと手遅れっぽい。 どうせいずれ飽きて捨てられることがわかっているから飼い主に対して執着しないようにしてたんだけどな。 まあいいや、俺が愛そうが憎もうがドフラミンゴは気にしないだろうし。 「なんでもないよドフラミンゴ様。ちょっと心臓イテェってなっただけ」 「一大事じゃねェか……!」 医者に診せるぞ歩けるかいいやダメだ歩くなここに連れてくるからじっとしてろと騒ぎだしたドフラミンゴに生ぬるい笑みを送る。 背が高いのは気に食わないがそれ以外は文句なしの飼い主、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。 捨てられるか殺されるか、どちらにせよそう遠くはないであろう彼との別れがほんの少し寂しくなった。 |