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アルバ少将が辞表を提出した。

マリンフォードから遠く離れた海の上、どうでもいい雑事と共にそんな情報を寄こしてきたのはかつてアルバのもとで戦場を共にした同期の一人だった。
友人というわけではない。
サカズキにとって相手は目の端にもかからない矮小な存在で、本来ならこうして連絡をとっているはずなどなかった男だ。
そんな男と未だに細々と繋がりを持っているのは一重に当時の上官、アルバの指導があったからである。
他人の意見を無駄なものと決めつけるサカズキに対し、アルバは上を目指す意思があるのなら周りの人間の情報や見解に気を配るべきだと常々説いていた。
その言葉に従った結果いまこうしてサカズキは重大な情報を得たのだからアルバの言っていたことは正しかったのだろう。
そうやって冷静に思考しているはずなのに電伝虫から続く男の声がうまく頭に入ってこない。
ジュウジュウと拳を乗せた机が焼け焦げ、溶け落ちていくのをじっと見つめ続ける。

『突然のことだからもうしばらく考えるよう受け取り保留にされてたよ。決意は固いようだから結果は変わらないだろうが急げば辞める前に一目会うくらいはできるんじゃないか?そういえばアルバ少将が辞める理由ってのが、まあ、噂にすぎないんだけど

サカズキが中将に昇進したからだって、』

多少の悪意と多大な好奇心を含んだ声。
瞬間、マグマの赤が察知する暇もあたえず電伝虫を飲みこんだ。
ぐずりと形を失い何も言わなくなったそれから視線を外し、ただただ立ちつくす。

アルバは凡庸な男だ。
凡庸といったって海軍本部で少将の地位を得ている以上、一般からしてみれば当然逸脱した力を持っている。
アルバには才能があった。
そのうえ努力家で要領がよくて人に慕われて、しかし、それだけ。
サカズキのように桁違いの潜在能力を持つ者からすればアルバはやはり徒人でしかない。
そんなアルバは隠すことなく昇進を求めるくせに権力には興味を示さず、周囲になぜ上に行きたいのかと聞かれても「なんでだろうな」と曖昧に笑う。
その笑みは柔らかいのにどこか鬼気迫るものがあって、サカズキにはまるで「それだけが生きる意味なんだ」とでも言っているように感じられた。
アルバは凡庸な男で、高い階級に就くことを望んでいて、海の荒れたこの時代に少将以上は難しいと上から告げられていて。
サカズキは。

「……アルバさん」

無意識にもう長年使っていない昔の呼び名を口にする。
怖かった。
初めて純白のコートを羽織った日、アルバのサカズキを見る目に言いようのない焦りを感じ取ってしまったその日からずっと、このときが来ることが恐ろしくてしかたなかった。

「アルバさん」

入隊して間もない時分から世話焼きの気があるアルバに構われて、鬱陶しいと思っていたはずがいつしかサカズキを通してなにか別のモノを見ているようなアルバの目に苛立ちを感じるようになった。
異例のスピードで昇進を重ねるたび「すごいなァ」と無邪気に称える言葉にむずむずとした居心地の悪さを覚えながらも傍を離れたいとは思わないようになった。
隊から外れても暇を見つけては話しかけてくるアルバを迷惑がっているような態度をとりながら、いつだってその姿を探していた。

「アルバ、さ、」

お前は本当にすごいなァ。
記憶の中のアルバが少し悲しそうに笑う。
アルバの瞳が嫌悪を宿してサカズキを映したら、きっと自分の立っている足場は簡単に崩壊するだろう。
そう確信せざるをえないほど心に入り込んでおいて別れの言葉もなく去っていこうとするアルバのことが。

アルバに捨て置かれる自分が、サカズキには許せない。