「アルバ……その首、どうしたんだァい?」 書類を受け渡した直後小さく目を見開いたボルサリーノ大将の言葉を聞き、おれは咄嗟に自分の首を押さえた。 蚊に刺されたところを眠っている間に掻きむしってしまったようで今のおれの首には誤魔化しようもないくらいくっきりとした赤い痕ができている。 位置が悪いこともあってキスマークにしか見えないと溜息をついたのは今朝の出来事だ。 わざわざ指摘したということは大将もそう感じたのだろう。 すぐさま潔白を主張しようとして、口を噤む。 大将が求めているのは浮気の弁明のような面白みのない真実ではなく仕事の息抜きを兼ねた軽口だ。 浮いた噂のない冴えない部下をからかって遊びたいだけ。 それでおれが傷つくことなどボルサリーノ大将は想像すらしていない。 邪な感情を悟られないように意図的に隠しているのは自分なのだから傷つく権利などないとはいえ、いい加減罪作りな人だと思う。 「見苦しくて申し訳ありません。昨日、少し虫に刺されまして」 苦笑になってしまわないよう努めて穏やかな笑みを顔に張り付けわざと含みのある言い方をすれば、ボルサリーノ大将もサングラスの奥の目を細めて同じように唇を持ち上げた。 至極楽しげな、それでいて感情の見えない笑みだ。 「ただの虫刺されには見えないねェ〜」 「情熱的でしょう?」 「昨日は遅くまで詰めてたって聞いたけどもォ……本部に蚊がいたのかァい?」 「さて、何分夜は長いですから」 片や探り、片や躱し。 和やかでいて緊迫したじゃれあいのあと、近いうちに必ず大将から飲みに誘われると気づいたのは最近のこと。 「今度は家で飲もうか」という社交辞令を現実にするために、おれは純情を擦り減らしながら微笑み続けるのだった。 |