*ヤンデレ 昔、後ろを振り向けばそこには必ず鷹の雛がいた。 小さな島で周りに歳の近い子供がいなかったせいだろう。 雛はまるで刷り込みでも施されたようにおれに執着を示していた。 負けん気ばかりが強く、道場の兄弟子だったおれに勝負を挑んではボロボロに負けて癇癪をおこしていた可愛い雛。 普段無口なくせにこちらが無視すると必死に羽を広げ嘴を開いて自分を見ろとピィピィ鳴く様はとても可愛かったけれど、雛はいつか雛でなくなるものだ。 明日は勝つ明日は勝つと毎日のように挑まれ続けて数年。 あと数回『明日』を繰り返せばおれが彼の爪の前に膝をつくだろうことは想像に易かった。 そうなればきっとおれを真っ直ぐに睨む目も後ろをついて回る足音もピィピィ鳴いて喚く声も全て失われてしまう。 それが嫌で、かわいいかわいい鷹の雛には強いおれだけを憶えていてほしくて、いつも通りの「明日は勝つ」に「はいはいまた明日」と返した十七歳の夜、おれは船で故郷の島を出た。 負ける前に姿を消せばこれからも強くなり続けるであろう雛の心の片隅に残ることくらいは可能かもしれないと、そう思ったのだ。 *** 「だからおれのこと憶えててくれたのは嬉しかったし負けた途端興味失われなくてよかったとも思ってるけど、足の腱切られて城に軟禁されるっていうのはちょっと、想定外すぎてどう反応していいかわからない」 素直に心情を告げ機能を失い肉の枷と化した足をぶらぶらさせると、微かにバツの悪そうな表情をした男は暫くの沈黙の後「好きにしろと言っただろう」と呟いた。 その顔が遠い記憶の中の可愛い雛と重なり、微かに目を細める。 数十年ぶりに再会した鷹の雛は、当然のことだがもう雛ではなくなっていた。 美しい羽が生え揃い王者の貫録を宿した大剣豪鷹の目に憎しみの籠った声で『明日』の約束を果たせと迫られたとき、覚悟したのは己の死だ。 一撃を受け流すこともできず地に伏し血を流しながら「好きにしろ」と言ったのだって勿論そのつもりで、それなのにまさか、命ではなく存在の全てを寄越せと縋られようとは。 「……これでもう、ぬしがいなくなることはない」 満足げに唇の端を持ち上げた鷹の目が萎えた足の傷跡に口づける。 随分と物騒な育ち方をしてしまったが、これはこれで可愛らしいものだ。 |