幻肢痛というのは厄介なものだ。 普通の怪我なら治れば終わりだが、ないものが痛むのでは治療のしようがない。 少年を救った代償に左腕を失ったことを後悔しているのかと聞かれれば答えは当然ノーだと言い切れるものの、この痛みと一生涯付き合わなければならないというのは、中々。 そんなことを考えて額に浮かんだ脂汗を拭いながら石畳の上を歩く。 一時凌ぎにしかならないが酒の力に頼ろうかと酒場を探すうち、突然湧き上がった歓声にシャンクスはひょいと背伸びをして人だかりの中をのぞき込んだ。 中央にはおどけた様子で頭を下げる一人の男の姿。 どうやら路上パフォーマンスの最中らしい。 終わりのない痛みに辟易としていたところだし、気を紛らわすにはちょうどいいだろう。 そう思ってぐいぐい群衆の中に割り込んでいくと一際目立つ赤髪に目を引かれたのか男がニコニコ笑ってシャンクスに一本の花を差し出してきた。 こういうのは普通女にやるもんじゃないのか、いや、男を選んだほうが笑いがとれるからあえてそうしているのか。 困惑しつつもそれを受け取った瞬間男の顔がくしゃりと笑み崩れ、なぜか胸が高鳴った。 動揺するシャンクスの『左手』を、男がぎゅっと握りしめる。 「えっ」 思わず漏れた声を気にするそぶりも見せず、男はそのまま左手を引いてシャンクスを前へ連れ出した。 振り回し、ステップを踏んでくるくるとダンスする。 卓越したパントマイム技術は感覚にさえも錯覚を起こさせるのか、まるで本当に腕を掴まれているようにシャンクスの身体は右へ左へと引き回された。 そうして男と共に観客の拍手を受けるころにはシャンクスを苛んでいた幻肢痛は跡形もなく消え去っていたのだった。 *** そんな魔法のようなひと時に感動して男を船に乗せたことを、シャンクスは少しだけ失敗だったな、と思っている。 なにせ男――アルバは、いまや卓越したパントマイム技術でシャンクスの左腕を完全に支配しているのだから。 アルバに左手を掴まれると逃げたいと思っていても身動きが取れなくなる。 そのまま手の甲にキスされ、指をしゃぶられ腕を食まれベッドに押し倒されてもシャンクスは一切抵抗できない。 更にいうとアルバの熱い唇や掌の感触は今まで感じていた痛みよりよほどリアルで、思い出すたび赤面してしまうという幻肢痛以上に厄介な代物だった。 今だってシーツの下にはしっかり握りしめられている左手の感覚がある。 一生涯付き合おうにも心臓が保ちそうにないのが何より恐ろしい。 |