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その日クザンが海兵にしては珍しく酒に弱い部下のアルバを自宅に招き、大将という立場を振りかざしてまで酌を受けさせたのには理由があった。
いい加減ぐだぐだと悩むのはやめにして、アルバの自身に対する態度の理由を酔って頭の回らなくなった当人から聞きだそうと思ったのだ。
アルバは海軍本部において辛辣な物言いはするものの面倒見のいい頼りになる男として通っている。
それが、クザンに対してはあまりにも冷たい。
「仕事は終わったんですか」だの「さぼるのは勝手ですが巻き込まないでください」だの。
言うことはもっともだしクザンに非があるのは承知の上。
しかし仕事に関係のないプライベートでまで「甘えんな」と突き放されるのは、ちょっとどうかと思う。
だって、アルバはたしかに直属の部下だけれどそれ以前に恋人で、本当なら四六時中でも擦り寄ってキスをして愛を確認したいのだ。
それをアルバが交際を受け入れてくれる際、上司部下という関係を考慮して「仕事中は今まで通りに」と言ってきたから我慢して今まで通りのだらけきった上司として接しているのに。

恋人の扱いが雑すぎるなんて拗ねていた頃はまだよかった。
なんだかんだ言いつつやることはやっているし、仕事中はなにがあっても大将や青キジ殿としか呼ばないアルバに耳元で名前を呼ばれるだけで幸せになれた。
だがある可能性に気付いてしまってからはそうもいかない。
ある可能性とはつまり、アルバがクザンを愛していないという可能性だ。
昔からアルバはクザンに対して突き放すような言動ばかりとっていた。
それでも本当にどうしようもないときにはさりげなく悩みを聞いてくれたり、クザンに気付かれないよう裏からこっそりとフォローをいれてくれたりして。
そんな捻くれた優しさにどうしようもなく惹かれてしまい冗談めかして伝えた好意を真剣な顔で受け止められどぎまぎしている間にオーケーされて付き合うことになったのだが、それは果たして同じ感情に基づく結果だったのだろうか。
もしかすると、クザンが上司だから断れなかったのかもしれない。
本当はその態度が示すままクザンのことを嫌っていて、時折与えられる優しさだって気まぐれでしかないのかも。
アルバは嫌なことは嫌だとはっきり主張する男だと知っている。
でもよくよく考えずとも、アルバが自分に惚れる要素なんて一つも見当たらないのだ。
アルバより地位も稼ぎも年齢も身長も高いというのは、アルバが女ならまだしも同性同士という時点でネックでしかなかった。
男なら誰でも持っている征服欲や支配欲といったものを、クザンは満たしてやることができない。
ならどうしてアルバはクザンの告白を受け入れてくれたのか。
今現在クザンの勧めた飲めないはずの酒を飲んでぐったりしている姿が全ての答えではないのか。
苦々しい気持ちになりながらクザンは自身の手で冷やしたおしぼりを額に汗が滲むアルバに投げ渡した。

「拭いてくれないんですか」
「…………それくらい自分でしなさいや」

小さく開かれた唇から放たれた珍しくじゃれつくような言葉に酔ったアルバの凶悪さを認識する。
普段そっけないばかりのアルバが自ら触れ合いを求めてくるというだけで嫌になるくらい胸が早鐘を打つのだから、もし本当に逆らえず嫌々付き合ってくれているのだとしたら、そう本人の口から告げられてしまったらこの鼓動は動きをとめてしまうかもしれない。
本気でそんなことを考えて、それでも今更後には引けないと奥歯を強く噛み締めた。
アルバのことが好きだからこそ有耶無耶にしてはいけないのだ。

「……で、どうしたんです今回は」
「え」
「俺を酔わせなきゃならない理由があったんでしょう?」

心を強く持って口を開こうとした瞬間平時と変わらない冷静な口調で問われ、クザンは言葉を詰まらせた。
もしかして全然酔ってないんじゃとアルバの様子を眺める。
弛緩した身体に少し苦しそうに顰められた眉、眠気を押しとどめるように開かれた瞼とまさしく酔っ払いの風体なのだが、そもそもアルバが酔ったところというのを見たことがないため判断のしようがない。
しかし。

「クザンさん」
「ッ待て!」

クザンがじっと見ていることをどう受け取ったのか、顔を寄せてきたアルバを慌てて手でさえぎり確信した。
間違いない、アルバは酔っている。
素面のアルバが自分からこんなことをするはずがない。

「なんで止めるんです」
「なんでってお前、ちょ、ぁ……クラァ!アルバ!」

口元を覆うように割り込ませた手を掴んで指の付け根に舌を這わされ、危うく流されかけた自分を叱咤してアルバを引き剥がす。
不満げな表情で身を引いたアルバが「いまのは絶対にそういう雰囲気だったはずだ、チクショウ」と漏らしているのを聞いてクザンは耳が熱くなるのを感じた。
求められるということは少なくともクザンと身体の関係を持つことに忌避感はないのだろう。
好いている相手に欲をぶつけられるのは素直に嬉しい。
けれど今はその前に確認しなければ。
行為の最中に話をするような器用さが己にないことを自覚しているクザンはわざとらしく咳払いをして非難の声をあげた。

「あのなァ、自分から聞いといてその態度はどうなのよ」
「クザンさんがさっさと言いださないのが悪い。ねえ、ダメですか?」

酒のせいでとろりとした瞳にクザンを映し、再度手をとって指を食むアルバに切り替えたはずの意識が引きずられぐらぐらと揺れ動く。
意志が弱いと言うことなかれ。
なにせ酔いがもたらした幻にすぎなかったとしても欲しくてたまらなかったアルバとの甘いひと時だ。
それに、万が一拒んだせいで捨てられてしまったらという恐怖もある。
指先から始まった愛撫が手首に至るころには心の天瓶はすっかりと傾ききってしまい、クザンは降参とばかりにアルバに身を寄せた。

「……今日は随分がっつくじゃない。いつもおれには甘えるなって言って冷たくするくせに」

せめてものポーズにと悪態をついたものの想像以上に弱々しい声になってしまい、情けなさに唇を噛む。
そんなクザンにアルバはきょとんとして「そりゃ」と呟いた。
そりゃ、俺だって甘やかしたいけど、と続く言葉に思わず目を瞠る。

「クザンさんが望むからそうしてるんですよ」
「…………はい?あ、馬鹿、まてまて、待ちなさいって」

さらりとなにか重要なことを口にしておいて容赦無くシャツの下の素肌をまさぐりはじめたアルバに狼狽えながら制止を掛けるとついに忌々しげな舌打ちが炸裂した。
不機嫌を通り越し明らかに怒りを湛えているアルバがそれでもクザンのことを放り出さず向き直ってくれたことにほっとしているとその隙をついて唇を奪われる。
一応話を聞くつもりはあるのかついばむような軽いキスだけを送ってくるアルバだが、そこにはあわよくばクザンを煽ろうとする意図も透けて見えた。
それを嬉しいと感じてしまう自分はどれだけアルバの愛に飢えているのか。
焦らすように唇の端を舐められ、クザンはついにアルバを追うように舌を差し出した。
即座に絡めとられて口内を蹂躙される。
唾液に混じるアルコールの味に目眩がしそうだ。
しばらくのあいだそうして互いを貪りあって、鼻先の触れあう距離で荒い息をつく。

「アルバは、おれを甘やかしてェの?」
「さっきそう言いました」
「なら甘やかしてくれりゃいいのに」
「でも、昔からクザンさんが俺に甘えてくるときはそれを拒否されたいときでしょう」

ようやくアルバから告げられたつれない態度の理由にクザンは瞠目して身を強張らせ、次いで脱力した。
昔、アルバが本部にきたばかりのころ、中将だったクザンは道に悩み正義のありかを手探りで探し続けていた。
当時は意地やプライド、なにより一度折れてしまえばそのまま腐ってしまいそうな自分を知っているからこそ誰かに縋りたい気持ちを抑えるためにわざと『クザンを決して甘やかさないアルバ』に声をかけていたのだ。
それは結果として一見冷淡にみえるアルバという男の温かさに触れる機会をつくり、支えられどろどろに溶かされて今に至るのだけれど。

「……まさかバレてるとはなァ」
「ずっと見てましたから」
「あららら、情熱的」

誰にも話したことのない心情に気付かれていた羞恥心と、真実クザンのことを考えて気遣ってくれていたアルバに心臓が大きく跳ねる。
未だアルバがクザンのどこを好きになってくれたのかは理解できないが、確かに感じる愛情が幸せでたまらない。
クザンは緩んだ頬をそのままに、するりとアルバの背中に手をまわした。
気遣いはありがたいがクザンにとって拒否されるためアルバに近づいていたのはすでに過去のこと。
アルバのおかげで自分を見失わずにすんだ今は、ただ純粋に優しさを与えてほしいだけなのだ。

「おれ、いま本当にすっごく甘えたい気分」
「……もう待ったはなしですよ」

普段より熱いアルバの体温を全身でうけいれながら、クザンは陶然と微笑んだ。