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予想していなかった、いや、予想してはいたけど予想外のタイミングで起こった事態に呆気にとられ間抜け面で立ちすくむ。
頭撫でたから斬られたんだろうけど、でも、もうおれ船降りるって言ってるのにそんなオシオキを受ける意味あるのか?
つーかそうだ、おれは明日にでも船を降りるんだ。
腕、しかも利き腕が奪われたままじゃ今後の人生が大変まずいことになるぞ。
隻腕生活とか生きていける気がしない。

「船長、腕かえしぃッてェ!?」

さっきまでの弱々しさはどこへやら、威嚇する野良猫みたいにおれを睨んでいる船長に左手を差し出すと投げつけられた刀の鞘がキレイに眉間を強打した。
べろべろに酔ってるはずなのに急所を確実に狙うとか死の外科医ハンパねェ。

「うぅ、いって……船長、酷いっすよ」
「酷い?酷いって?なにが、どっちがだ、ひどい、クソ、おれは」

おれは、いやだ、いたい、くるしい、いやだ。
まるで文章になっていない単語の羅列とともに奪われた腕に圧迫感が生じる。
熱を持って痛む眉間から手を離して前を見ると、船長がおれの右腕に抱き縋るようにして顔をうずめていた。
湿った呼吸が掌にかかって少しくすぐったい。

「船長?」

自分の体から切り離された状態の慣れない感覚のなか探るように手を動かす。
ざりざりした髭、少しカサついた唇、そして、濡れてひやりと冷たい頬。
何で濡れているかなんて、この状況では悩むまでもなくて。

船長が泣いてる。
なんで。
痛くて苦しいから。
どうして。
病気とかじゃなくて、おれのせいだろう。
船長はおれが嫌いなはずで、なら元凶がいなくなるのにどうして船長は泣いた。
いなくなるから、だから泣いたのか。
だったら痛いのと苦しいのの理由は、もしかして、おれが嫌いなんじゃなくてこの人は。

船長が泣くという現実離れした状況が頭を冷静にして、今までのおれの常識を根底から覆す考えがストンと胸に落ちてくる。
都合のいい話だ。
けれどもしおれの辿りついた答えが正解なら、伝える意味なんてないと思った感情はむしろ、絶対に伝えなきゃならないことだったのかも。

「……もう、いい、船をおりたいってんなら、勝手にしろ。お前なんかもういらない」

ずっと恐れ続けていた言葉なのにさほど衝撃を受けないのは言っている本人の様子ゆえだろう。
いらない、もういらない、お前なんかどこにでもいっちまえ。
そんな拒絶と否定の言葉を吐き散らすくせ一言口にするごとに腕を抱きしめる力はどんどん強くなっていく。
おれの右腕が唯一の温もりだとでもいうように自らの身体で囲い込む船長の姿を眺めながら、そういえばまだベポに言われたことを聞いていなかったと思いだした。

「船長、船長は、おれのことどう思ってるんですか」

好きですか、嫌いですか。
するりと喉から出た問いに船長の肩がピクリと震える。
ややあってベッドに寝転がり背中を向けた船長は、正直言って拗ねた子供にしか見えない。

「…………きらい、だ」

ぽつりと漏らされた答えとは逆に逃すまいと強まる拘束。
やっぱり船長ひでェと笑みを浮かべた。